1999年、大学病院で肺手術と心臓手術の患者を取り違えて手術するという医療事故が発生したことをきっかけに、医療に対する安全に社会的な関心が高まるようになりました。その後も、看護師が消毒液とへパリン加生理食塩水を取り違え投与し、患者が死亡するなど、医療の現場における事故があとを絶ちません。医療の現場にはさまざまなリスクが潜んでいます。今回は、それらのリスクをどのように管理・運営していくか、そのポイントと重要性について学習していきたいと思います。
1、リスクマネジメントとは
みなさんは、リスクマネジメントという言葉を耳にしたことがありますか。看護の現場でもよく使われる言葉ですが、リスクマネジメントとは「リスク」と「マネジメント」という言葉から成り立っています。ここではまずそれぞれの言葉の意味について解説していきます。
■リスク
「リスク」というと一般的に「危険性」を意味する言葉として使用される場合が多いと思いますが、「リスク」には「不確かなこと」という意味が含まれています。リスクとは、不確かなことがどの程度影響を与えるかということであり、その影響が良い結果を生むか、悪い結果となるかはわかりません。つまり、良くも悪くも結果は不確かであるため、その可能性の両方がリスクということになります。また、リスク自体が特定されていても、それに対する対応方法や、環境などにより結果が変わる可能性もあります。
■マネジメント
「マネシメント」という言葉には、「経営」や「管理」などの意味が含まれています。アメリカの経営学者であるピーター・F・ドラッカーは『マネジメントは、生産的な仕事を通じて、働く人たちに成果を上げさせなければならない』としています。つまり、マネジメントとは組織での生産性を高めるために管理・経営していくことと言えます。
■リスクマネジメント
上述のように、リスクはこれから起こるかも入れない不確かなことであり、その対応によって結果が変わる可能性があります。そのリスクを、事前に予測し良い結果をもたらすようにする、または、そのリスクによる被害を最小限にとどめるよう対応策を検討し管理・運営することがリスクマネジメントです。
2、看護におけるリスクマネジメントの目的
医療事故に関する報道を目にすることも少なくありませんが、みなさんも、看護の現場でハッとしたことはありませんか?人の命を扱う現場では、すべての手技や対応がリスクにつながる可能性があります。日本看護協会でも、医療安全を推進するうえで24時間365日患者の看護をし、提供される全てに関与する看護師の役割は大きいとしています。医療の現場におけるリスクマネジメントは、しばしば「医療安全」「医療安全管理」という言葉を用いることがあります。これまでのさまざまな医療事故を受け、1999年に看護管理者のためのリスクマネジメントガイドラインが策定され、医療安全、リスクマネジメントへの取り組みが重要視されるようになりました。日本看護協会の「組織で取り組む医療事故防止」では、「リスクマネジメントの目的は、事故防止活動を通して、組織の損失を最小限に抑え、「医療の質を保証すること」」としています。
3、看護におけるリスクマネジメントのポイント
看護の現場では「ヒャリ・ハット」「インシデント」「アクシデント」などの言葉が用いられていることが多いでしょう。
・ヒャリ・ハット・・・事故に至る可能性があることに気付いたもの
・インシデント・・・ミスがあったが、患者には影響を及ぼさなかったもの ・アクシデント・・・ミスにより患者に影響を及ぼしたもの |
リスクマネジメントはこれらの事象に該当するリスクを事前に把握することから始まります。リスクマネジメントを行う上でのポイントはp (PLAN) D (DO) c (CHECK) A (ACTION)サイクルです。看護におけるPDCAサイクルとは、①リスクの把握②リスクの分析③リスクへの対策④リスク対策への評価であり、このプロセスを繰り返し、継続的に見直していくことが重要となります。
つまり
①リスクを事前に把握する。 ②そのリスクを分析し要因を特定する。 ③それに対する対策を検討・実行する。 ④さらにその対策が十分であったか評価し、さらなる問題点やリスクとなりうる要因を抽出する。 |
この繰り返しがリスクマネジメントの基本的な考え方であり、重要なポイントとなります。
4、事例を通したリスクマネジメント
では具体的な事例を通して、リスクマネジメントの考え方をさらに詳しく学習していきましよう。
事例1 | |||
普段、午前8時に夜勤看護師が朝の内服薬投与を行っている。前日の夕方、医師より患者X のみ、午前7時に内服薬の投与指示があり。日勤看護師Aが指示を受け、指示箋を確認。
夜勤看護師Bへ引き継ぎを行い、夜勤看護師Bが、朝の内服薬投与を担当することになっていた。10時に日勤帯の看護師Cが投与されていない内服薬があることに気付く。患者の状態に影響はなく、医師の指示によりその時点で内服薬を投与することとなった。 |
|||
①リスクの把握 | ②リスクの分析 | ③リスクへの対策 | ④リスク対策への評価 |
・投与時間が変となった
・指示を受けた看護師と投与する看護師が異なる ・夜勤帯は人数が少ない |
・確認不足
・準備不足 ・人手不足 |
・指示の確認
・服薬チェック ・残薬チェック (ダブルチェック) ・誰が見てもわかるような工夫 ・タイマーやアラームを使用する |
受けた指示を共有することにより、一人が万が一忘れても、他の人が気付く可能性が高まった。服薬、残薬チェックを確実に行うことにより、投与の正確性が増した。タイマーやアラームの使用により、時間を管理することで忘れるのを防止できた。夜勤帯は人数が少なくダブルチェックの徹底が課題である。 |
事例2 | |||
88歳、大腿骨頚部骨折で入院中の患者でバルン挿入中。認知症あり。
疼痛が強いため自力では動けず体位交換が必要であったが、自分でバルンを引っ張ったりしていた。看護師Aが頻回に訪室し様子を見ていたが、最終訪室から5分後、看護師Bがべッドの下で転倒しているのを発見。患者の状態に異常はなく、医師の指示で経過観察となった。べッドには柵がしてあったが、足元に1部柵が空いている部分があった。 |
|||
①リスクの把握 | ②リスクの分析 | ③リスクへの対策 | ④リスク対策への評価 |
・認知症がある
・高齢である ・自分でバルンを引きぬいたり、動いたりする可能性がある ・常に目が行き届く環境ではない ・高齢で動けないという思い込みがある |
・確認不足
・準備不足 ・知識不足 ・観察不足 |
・離床センサー、転倒防止の着衣などの装着
・目の届く環境に移動する |
病院の構造上、看護師が常に目の行き届く病室への移動は困難であった。離床センサーの装着、転倒防止着衣を装着し、患者のストレスや状況の変化にすぐに対応できるよう頻回に訪室するよう心掛けた。結果、転倒などニ次的な事故は起こらなかった。 |
このように、ひとつの事例に対し、いくつかの問題点が見えてきます。その問題点に対しどのような対策を立て実行し業務の正確性をあげていくか、再発防止に取り組み、質の良い看護を提供していくかを管理していくことが看護におけるリスクマネジメントと言えるでしょう。
まとめ
人の命に係わる立場である看護師は、非常に重要な役割を担っています。一方で、看護師も一人の人間であり、多忙や疲労、うつかりなど間違いを起こす可能性は十分にあります。しかし、命に係わる仕事であるがゆえに、たったひとつの間違いが尊い命を奪ってしまう危険性がないわけではありません。そのような事態に至らないよう、また、患者が安心してサービスを受けることができるよう、リスクマネジメントを徹底する必要があります。
事前に防げるミスは防ぎ、起きてしまったミスはニ度と起こさないよう対策を講じ、継続的に業務の見直し、点検を行っていきましよう。より良い看護を追及し、提供できるよう管理してくことが大切です。
参考文献
・医療安全(公益社団法人日本看護協会)
・医療安全対策(厚生労働省)