教育システムの1つとして、現在、多くの医療施設で実施されているクリニカルラダー。「ラダー教育」、「キャリアラダー」とも呼ばれており、看護師の能力向上のために、また人事評価の判断基準として活用されています。
クリニカルラダーとは何か、評価基準は何か、今一つ分からないという方は、最後までしっかりお読みいただき、クリニカルラダーに関する知識を深めてください。
1、クリニカルラダーとは
クリニカルラダーとは、キャリア(経験年数や能力)に応じた教育システムで、各看護師の看護の質向上や自己研鑽への意識向上などを目的として開発されました。
以前は、新人~中堅看護師の研修として、「新人研修」「役割研修」「フォローアップ研修」「テーマ別研修」「看護研究」といった人材育成のための多種多様な研修を実施する医療施設が多かったものの、中堅以降の看護師の学習は個人の自覚や責任に任されることが多く、能力開発における指針は不明瞭でした。
そこで、キャリア開発の支援という観点から、キャリアに応じた個々の能力向上・評価の取り組みとしてクリニカルラダーが開発されたのです。
クリニカルラダーの内容は医療施設によって異なりますが、一般的にはまず院内での集合研修を行い、キャリア別(レベルⅠ~Ⅳなど)における「ラダー評価」「目標管理」「課題レポート」などを通して、各個人の看護への取り組みを評価します。
以下に、クリニカルラダーを実施する上で必要となる「ラダー評価」「目標管理」「課題レポート」の3つの評価項目について詳しくご説明します。
なお、クリニカルラダーの段階は医療施設によって異なるため、ここでは「レベルⅠ(新人)」「レベルⅡ(一人前)」「レベルⅢ(中堅)」「レベルⅣ(達人)」とします。
2、ラダー評価
ラダー評価は、各段階(レベルⅠ~Ⅳ)において必要とされる能力を有しているかを判断するための基準です。
主に「到達目標」「看護実践能力」「組織的役割・遂行能力」「自己研鑽」の4つのカテゴリーにおいて、各段階で必要とされる能力を判断することが目的であり、細分化した各項目をもとに能力の有無を評価します。
2-1、ラダー評価の基本概念
■レベルⅠ(新人)
到達目標 | 先輩看護師から指導・教育を受けながら、基礎的な看護ケアを実践できる |
看護実践能力 | 先輩看護師から指導・教育を受けながら、基礎的な看護技術が実践でき、看護過程の展開ができる |
組織的役割・遂行能力 | 組織の一員としての自覚を持ち、チームメンバーとしての役割を認識し、責任ある行動がとれる |
自己研鑽 | 指導を受けて、自己の教育的課題を発見することができる |
■レベルⅡ(一人前)
到達目標 | さまざまな看護実践の場面において指導を受けず単独で判断・実践でき、チームリーダーとしての役割や責務を認識し遂行できる |
看護実践能力 | 指導を受けずに基礎的な看護実践を行うことができる |
組織的役割・遂行能力 | 自部署内における組織的役割を遂行できる |
自己研鑽 | 研究活動を通して、自己の能力向上に向けた取り組みを積極的に行い、その結果を業務に反映することができる |
■レベルⅢ(中堅)
到達目標 | 根拠のある看護実践に加え、組織的な役割が遂行できる |
看護実践能力 | 根拠のある看護実践が行い、他者の役割モデルをとることができる |
組織的役割・遂行能力 | 専門的な能力を発揮し、指導的役割を遂行できる |
自己研鑽 | 自己の能力向上に向けた取り組みを積極的に行い、主体的に研究活動・指導的役割を実践することができる |
■レベルⅣ(達人)
到達目標 | 論理的かつ実践的知識を統合した看護実践を行い、所属を超えてリーダーシップを発揮できる |
看護実践能力 | 豊富な知識・経験に基づいた質の高い看護実践を提供できる |
組織的役割・遂行能力 | 看護局の目標達成のために、建設的な意見を提示することができ、活動を遂行できる |
自己研鑽 | 専門領域や質の高い看護における自己教育活動・組織的研究活動を単独で実践できる |
2-2、各段階における到達目標
■レベルⅠ(新人)
到達目標 | ・ 指導を受けながら基本的看護技術をマニュアルに沿って実践できる
・ 指導を受けることにより自己の学習課題を見つけることができる |
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看護実践能力 | 看護実践 | ・ 患者を理解し患者・家族と良好な人間関係を築くことができる
・ 看護過程の展開を習得する |
看護過程の展開 | ・ 指導を受けながらフィジカルアセスメントができる
・ 指導を受けながら看護診断・計画を立案できる ・ 実施したケアの評価ができる |
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組織的役割・遂行能力 | 管理 | ・ 各病棟および他部署の役割、業務内容を理解できる
・ 医療安全、感染についての自己の役割を理解し、指導を受け行動できる |
倫理 | ・ 日本看護協会の「看護者の倫理網領」にある患者の権利の内容が理解できる | |
社会性 | ・ 患者・同僚・上司の考えや意見をよく聞き、尊重できる
・ 部署の人と人間関係を築くためのコミュニケーションができる ・ 自分の意見を他者に伝えることができる |
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安全・危機管理 | ・ 院内の事故防止マニュアルに沿って実践できる
・ インシデントが起きた際に正しくレポートを報告できる ・ 安全上の異変において報告相談ができる ・ 防災設備の取り扱いができ、災害発生時には指示に従って行動できる |
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感染 | ・ 感染予防対策マニュアルの感染対策を確認できる
・ 標準予防策が実施できる ・ 無菌操作ならびに針刺し防止のための対策が実施できる |
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自己研鑽 | 教育 | ・ 自己の看護観を表現できる
・ 主体的な自己学習の必要性が理解できる |
研究 | ・ 看護研究に関心をもつことができる |
■レベルⅡ(一人前)
到達目標 | ・ 自立して看護実践を安全、確実に提供できる
・ チームメンバーとしての役割を果たし、業務が実践できる |
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看護実践能力 | 看護実践 | ・ カンファレンスでの患者情報を共有し、看護実践に活用できる
・ 意思決定し、問題解決できる ・ 患者家族の反応を見ながら援助できる |
看護過程の展開 | ・ 意図的な情報収集、自立したフィジカルアセスメントができる
・ 看護診断の立案、個別性のある看護計画を立案できる ・ 看護過程における目標の達成を評価できる |
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組織的役割・遂行能力 | 管理 | ・ チームナースとしての役割を理解し、患者受け持ちができる
・ リーダーシップについての理解を深めることができる |
倫理 | ・ 倫理要綱を理解し、行動できる
・ 日常ケアで自分自身の倫理的問題に気づき、改善できる |
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社会性 | ・ 自分自身の感情、思考、行動の傾向を知ることができる
・ チーム内で良好な人間関係を築くことができる ・ 関連他部門、他職種のそれぞれの役割が理解できる |
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安全・危機管理 | ・ 事故防止マニュアルに基づく安全行為を常に実践できる
・ ヒヤリハット事項の情報提供ができる ・ 緊急事態の判断ができ、迅速に対応できる ・ 災害発生時にマニュアルに沿った行動ができる |
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感染 | ・ 患者の状態に合わせた感染対策が実施できる
・ 標準予防策や経路別予防策など、基本となる感染対策を新人に指導できる |
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自己研鑽 | 教育 | ・ 自己の看護観から看護に対する課題を見つけることができる
・ 院内教育プログラムに参加する ・ 実施指導者の役割がとれる |
研究 | ・ 看護研究メンバーの一員として参加できる
・ ケーススタディに取り組み発表できる |
■レベルⅢ(中堅)
到達目標 | ・ 各受け持ちナース、チームリーダーとしての役割を理解し、実践できる
・ 各単位における看護実践の役割モデルとなれる |
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看護実践能力 | 看護実践 | ・ 個別性を考慮した看護ケアの実践ができる
・ 自分の行った看護を評価し、意識的にフィードバックできる ・ 人・物・システム・制度など資源を活用して、ケアに生かすことができる ・ 看護技術を他のメンバーに指導・共有できる |
看護過程の展開 | ・ 自部署内の他者に看護過程を指導できる
・ カンファレンスを開き、問題解決ができる ・ 自部署内で記録の指導ができる |
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組織的役割・遂行能力 | 管理 | ・ 患者管理、環境物品管理を行うことができる
・ 看護業務活動における経済的側面を意識し、行動できる |
倫理 | ・ 倫理要綱を理解し行動・指導ができる
・ 自立して患者を擁護し、代弁者として行動を起こすことができる |
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社会性 | ・ 患者、同僚、上司の立場を尊重し、相互に気持ちよい人間関係を築くことができる
・ 他の医療チームとの信頼関係を保ち、調節ができる |
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安全・危機管理 | ・ 緊急事態への迅速な対応・指示ができる
・ 危機を察知し、事前に防止策を実施することができる ・ 災害発生時にはマニュアルに沿った迅速な行動、他者への指導ができる |
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感染 | ・ 患者の状態に合わせた感染対策の実施・指導ができる
・ 自部署における感染対策上の問題点を抽出できる |
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自己研鑽 | 教育 | ・ 能力開発、キャリア開発を主体的に実践できる
・ 学習の成果を後輩育成に活かし、教育的活動を実践できる |
研究 | ・ 自己の研究テーマを明らかにし、臨床に直結した看護研究を進めることができる
・ 看護研究メンバーの中心として参画できる |
■レベルⅣ(達人)
到達目標 | ・ 看護部内の問題を理解し、組織の目標達成のために行動できる
・ 看護実践者としての役割モデルになり、指導・研究的能力を有し、看護部内でリーダーシップがとれる |
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看護実践能力 | 看護実践 | ・ 独自の意思決定基準を持ち、予測困難な場面にも臨機応変に対応できる
・ 専門領域における教育的役割がとれる |
看護過程の展開 | ・ 看護過程を指導できる
・ 看護過程を監査できる |
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組織的役割・遂行能力 | 管理 | ・ 各病棟および他部署の連携および調整を円滑に推進する
・ 医療安全、感染について防止策を考え、指導および実践ができる |
倫理 | ・ 倫理的視点で日常ケアを後輩に指導できる | |
社会性 | ・ 職場風土の向上に向けて働きかけができ積極的に実践できる
・ リーダーシップを発揮し、関係調整に努めることができる |
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安全・危機管理 | ・ 予測できる問題や危険に対して防止策を検討し、実施できる
・ 事故事例の原因分析を行い、対策を実施できる ・ 災害発生時にリーダーシップがとれる |
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感染 | ・ 感染発生の状況や感染対策の実態を綿密に把握し、改善に向けた対策がとれる
・ 自部署内での感染対策をルール化できる |
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自己研鑽 | 教育 | ・ 専門領域において、能力開発を積極的かつ継続的に行い、その結果を有効的に活用できる
・ 人材育成の視点で院内の教育活動を実践できる |
研究 | ・ 看護研究を推進し、メンバーの調節を行うことができる
・ 看護研究を臨床で応用できる |
これら各項目において、自己評価・他者評価(S・A・B・C・Dなど)を行います。
3、目標管理
目標管理は、PLAN(目標設定)→DO(パフォーマンス管理)→CHECK(成果評価)→ACTION(改善)という“PDCA”の過程の中で、目標に向けた取り組みの結果を測るのが目的です。
実施に際しては、「年間目標」「行動計画」「目標値」「年間スケジュール(達成期間)」「自己評価達成度」などの項目が記載されているシートに記述し、自己評価ならびに他者評価を行います。
自身の目標に対する達成度を測るためのものですが、達成度だけが評価されるのではなく、的確な目標の設定とそれに対する行動が評価されます。というのも、困難な達成目標に対しては自ずと達成度が低くなり、容易な達成目標に対しては自ずと達成度が高くなるからです。
それゆえ、達成できる目標計画をしっかり行えているか、それに対して献身的に行動できたかが評価のポイントとなります。
一般的には、4月に目標設定を行い、9月に一度目の振り返り、2月に二度目の振り返りを行い、それまでの目標達成度を評価します。
4、課題レポート
課題レポートでは、看護過程の展開における理解度などを測るために実施されます。各段階において、また医療施設によってテーマは異なりますが、一般的には800~2000文字以内で以下のようなテーマが出題されます。
レベルⅠ(新人) | ・ 看護観について
・ 病棟での役割、自分の取り組みについて |
レベルⅡ(一人前) | ・ 役割を通しての実践レポート
・ ケーススタディ(事例研究) |
レベルⅢ(中堅) | ・ リーダーシップを発揮した取り組み
・ 病棟での役割や委員会での役割を通しての問題解決過程 ・ 看護研究(個人での実施) |
レベルⅣ(達人) | ・看護局の役割を見据えた問題解決過程
・看護研究(個人または指導的立場での共同実施) |
このように、「ラダー評価」「目標管理」「課題レポート」などにより、各看護師の現状の能力を判断し、各段階において必要とされる能力を超えた場合には、より高度の段階へと進むことができます。
なお、医療施設の中にはクリニカルラダーの段階に応じた昇給制度を取り入れているところもあるため、“やらされている”という気持ちではなく、積極的な姿勢で取り組みましょう。
5、最後に(評価の重要性)
クリニカルラダーは、各看護師の看護師の質向上や自己研鑽への意識向上などを目的として開発されましたが、その本質となるのは“評価”です。看護師は多忙な毎日を過ごし、身体的・精神的な負荷が非常に大きい職業です。また、患者に対する一方的なケアの提供では、看護師の精神的負担は増すばかりです。
クリニカルラダーを通して他者から評価されることにより、自身の看護における能力の開発や、業務に対するモチベーションが向上し、結果として各看護師の看護の質が向上するのです。
人材育成のために“評価”は欠かすことのできないものであり、評価なくして能力向上は不可能と言っても過言ではないのです。
■評価制度
評価軸 | 評価制度 | 内容 | |
仕事 | 職務評価・役割評価 | 各医療従事者が従事する職務の価値や職責を評価するとともに、各職務における役割価値の大きさを評価する | |
人 | 能力評価 | 職務を遂行するために必要な能力レベルを評価する | |
クリニカルラダー評価 | ラダー(経験年数)に応じて求められる看護臨床実践能力を段階別に評価する | ||
執務態度・情意評価 | 積極性、協調性、規律性、責任感などの職務に対する姿勢を評価する | ||
行動評価 | 顕在化した能力の評価 | 医療施設が期待する医療従事者の行動レベルを示して、その行動レベルがどの位置に相当するのかを評価する | |
コンピテンシー評価 | 成果に直結する能力の有無を具体的に表現したものを基準として評価する | ||
成果
・ 業績 |
個人業務評価 | 個人があげた業績を定量的・定性的に評価する | |
組織業績評価 | 個人業績に加え、病院業績・所属組織業績を複合して評価する | ||
目標達成度評価 | 組織目標に基づいて設定された個人目標または所属組織目標の達成度を評価する | ||
バランススコアカード | 財政・顧客・業務プロセス・学習と成長の4つの視点をもとに、経営戦略を日常業務の具体策へ落とし込み、その実績を評価する |
上表のように、評価制度は実にさまざまで、クリニカルラダーは数ある評価制度のうちの1つに過ぎません。クリニカルラダーは人材育成のために非常に有効な教育システムですが、評価項目は多岐に渡るため、看護部長や看護師長などの管理者は特に、多角的な視点で看護師を評価する必要があるのではないでしょうか。
まとめ
現在、多くの医療施設でクリニカルラダーを取り入れています。大きな施設では、研修が充実しており、院内研修だけでなく院外研修など、人材育成において積極的な取り組みが行われています。
また、クリニカルラダーにより、自身の看護の質や業務に対する意欲の向上を図ることができ、これらは患者にも好影響をもたらします。
就業施設のクリニカルラダーを知ることで、看護師に何を求めているか、どのように看護を行えばよいのかなど、さまざまなことが見えてくるため、就業施設のクリニカルラダー、特に「ラダー評価」を今一度、確認してください。そして、各段階で必要とされる項目を念頭に置き、積極的な姿勢で看護を実践していきましょう。