健康増進の意味を持つヘルスプロモーション。現在、企業や教育機関、医療機関などさまざまな現場でヘルスプロモーションという言葉が用いられています。
医療機関(看護)におけるヘルスプロモーションは、医療・看護を“患者”や“地域の人々”に提供することが推進に向けた取り組みの主軸を担っていますが、専門性の高い医療・看護の性質上、さらに高いレベルの健康を考え、多角的な視点から包括的に支援することが求められます。
どのような取り組みがヘルスプロモーションの促進に繋がるのか、考え方は人それぞれであるため、行うべき活動内容は多岐に渡ります。
当ページでは推進に向けた活動内容の具体例を多数提言していますが、各個人によって考え方は異なりますので、あくまで一例と捉えておいてください。また、看護師1人1人がヘルスプロモーションについて深く考えることは非常に大切ですので、この機会に一緒に考えてみてください。
1、ヘルスプロモーションの定義
ヘルスプロモーションとは、一言で表すと「健康を増進すること」ですが、ひとえに「健康」と言っても定義や概念はさまざまであり、また「ヘルスプロモーション」の定義・概念も人によって機関によって異なります。
■健康の定義と概念の一例
WHO憲章(※1 |
身体的、精神的、社会的に完全に健全な状態であって、単に病気が無いとか虚弱でないということではない |
WHOオタワ憲章(※2 |
健康とは、日常生活の資源であって、人生の目的ではない。個人やグループが、どれだけ希望を持ち、ニーズを満たし、環境を変えたり克服したりできるかという程度を意味している |
Stokes(※3 |
解剖学的・生理学的・心理学的な完全さ、個人的に価値ある家族上・仕事上・コミュニテイ上の役割を果たす能力、良好な状態と感じていること、疾病のリスクが無く、早死しないことなどを特徴とする状態 |
Last(※4 |
人間と、物理的・生物学的-社会的環境とが調和のとれた状態であり、十分な機能的活動性を備えていること |
■ヘルスプロモーションの定義と概念の一例
WHOオタワ憲章(※2 |
人々が健康をよりコントロールし、改善できるようになるプロセス |
Last(※4 |
特定の疾患に対する人々のリスクに焦点をあてるより、むしろ日々の生活の文脈の中で、全体としての人間集団の参加を求めるものであり、健康の決定因子や原因へのアクションに向かう方向性を持っている |
Penderら(※5 |
安寧を高め、人間としての健康の可能性を現実のものにしたいという望みに動機付けられた行動 |
Greenら(※6 |
健康を導く生活行動や生活条件に対する教育的支援とエコロジカルな支援を組み合わせたもの |
このように、「健康」や「ヘルスプロモーション」の定義・概念は提唱する人や機関によって異なります。
しかしながら、「健康」は“心身ともに健やかな状態”、「ヘルスプロモーション」は“健康を増進すること”というように、根本的な考え方は同じです。よって、定義・概念を深く考えず、簡易的に捉えておきましょう。
2、看護とヘルスプロモーション
ヘルスプロモーションという言葉は医療の現場だけでなく、さまざまな分野・場面で用いられているため、分野・場面によって実施内容が大きく異なります。それゆえ、看護におけるヘルスプロモーションの取り組みを考える前に、まずは看護とはどういうものなのかを理解しておきましょう。
■看護の定義と概念の一例
国際看護師協会(※7
|
看護とは、あらゆる場であらゆる年代の個人および家族、集団、コミュニテイを対象に、対象がどのような健康状態であっても、独自にまたは他と協働して行われるケアの総体である。看護には、健康増進および疾病予防、病気や障害を有する人々あるいは死に臨む人々のケアが含まれる。また、アドボカシーや環境安全の促進、研究、教育、健康政策策定への参画、患者・保健医療システムのマネジメントへの参与も、看護が果たすべき重要な役割である |
アメリカ看護協会(※8 |
看護とは、現にある、あるいはこれから起こるであろう健康問題に対する人間の反応を診断し、かつそれに対処すること |
日本看護協会(※9 |
健康のあらゆるレベルにおいて、個人が健康的に正常な日常生活ができるように援助すること |
ナイチンゲール(※10 |
看護は新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔、静けさを保ち、適切な食事を準備して、患者の自然治癒力が発揮できるように患者の最良の状態に保つ役割を担っている。人間の健康の成立は自然環境と人間個体の相互関係にあり、人間個体と自然の関わりを最良の状態におき、人間自身に備わっている自然治癒力を引き出し、強めていくのが看護の力である |
ヘンダーソン(※11 |
看護師が、病人や健康人をケアする際の独自な機能とは、まず、彼らの健康状態についての彼ら自身の反応をよく考え評価し、健康や回復や尊厳死のためになる彼らの活動(それは、もしその人が必要な強さや意志や知識を持ちえていれば自力で行えたはずのものである)を援助することである。そして、この支援は、できるだけ早く完全にあるいは部分的に自立できるように促しながら行うのである |
「健康」・「ヘルスプロモーション」と同様に、「看護」の定義・概念も人によって機関によって異なりますが、根本となるものは“患者の健康を支援すること”であり、それを行うための活動内容がヘルスプロモーションそのものといっても過言ではありません。
3、看護におけるヘルスプロモーションの具体例
では、看護におけるヘルスプロモーションの実践内容とはどのようなものが挙げられるのでしょうか。
ひとえに看護と言っても、それが患者1人に対するものなのか、病院全体の患者に対するものなのか、地域社会全体に対するものなのか、看護を提供する対象者はさまざまです。
また、看護師1人1人の看護行為に焦点を当てているのか、医療機関など組織・集団の看護行為に焦点を当てているのか、視点となる者もさまざまです。
対象となる者、視点となる者によって看護の実態は大きく異なり、それによってヘルスプロモーション推進に向けた実践内容も異なってきます。
また、上で述べたように「健康」「ヘルスプロモーション」「看護」のそれぞれの定義・概念は人によって機関によって異なるように、「ヘルスプロモーションの実践内容」も人によって機関によって異なります。
視点となる者・対象となる者によって、またそれぞれの定義・概念によってヘルスプロモーションの形は大きく変化しますが、ここでは「健康」を“心身ともに健やかな状態”、「ヘルスプロモーション」を“健康を増進すること”、「看護」を“患者の健康を支援すること”と簡略的に定義し、「患者1人(狭域)」「患者全体(広域)」「看護師個人」の3つを対象・視点にし、ヘルスプロモーションの実践内容を包括的に、そして具体的に述べていきます。
3-1、具体例:患者1人(狭域)
まず始めに、狭域でのヘルスプロモーションの実践例についてです。NANDA看護診断分類法Ⅱの領域1に「ヘルスプロモーション」があるように、看護師が行う業務、いわゆる看護そのものがヘルスプロモーションの一部を担っています。
狭域におけるヘルスプロモーションの実践例は、たとえば、「①QOLの向上」「②エンパワメントの向上」「③アドヒアランスの向上」「④メンタルヘルスケア」「⑤生活習慣の改善指導」「⑥栄養管理・指導」「⑦保健指導」などが挙げられます。
①QOLの向上
看護実践の主軸となるのがQOLの向上です。入院時など看護師が積極的に看護介入できる状況において、いかに患者が集中的に治療に専念できるか、いかに快適な生活を送れるかについて考え実践することで患者のQOL向上、はたまたQOL向上によるヘルスプロモーションの推進を図ることができます。
QOLを向上させるためには、苦痛の軽減、合併症の予防、コミュニケーション、環境の整備など、多角的な視点から支援を行う必要があり、これは患者によって異なるため、まずは患者のニードを把握することが何より大切です。そして、把握した上でニードを可能な限り満たすことで治療に専念でき、また快適な療養生活を送ることができるのです。
なお、QOL向上における取り組みについては、「看護におけるQOLの意味とQOL向上に向けた取り組み」を参照ください。
②エンパワメントの向上
エンパワメントとは、患者が持つ力(生きる力や健康促進への力)を看護師が湧き出させるよう支援することを言います。エンパワメントを向上させるためには、問題の特定、感情の明確化、目標の設定、計画の立案、結果の評価という、ある種の看護過程を患者本人が実践できるよう補佐的に支援することが大切であり、それには看護師=患者間の信頼が非常に重要となります。
患者本人が自身の生きる力や健康促進への力を持つことで、看護師など医療従事者がいなくても健康状態を維持または向上することができることから、これもヘルスプロモーションの取り組みの1つと言えるでしょう。
エンパワメント向上への取り組み・ポイントについては、「看護におけるエンパワメントの定義(意味)と向上のポイント」に詳しく記述しています。
③アドヒアランスの向上
アドヒアランスとは、患者が服薬や行動制限などにおいて医療従事者の指示に“自らの意思で実施しているか”を評価することです。円滑かつ効率的に、そして健康的な生活を送るためには服薬・行動制限が非常に重要である反面、継続的に実施するためには患者の強い意思と理解が不可欠です。
以前は、コンプライアンスという言葉が使われていましたが、これは服薬や行動制限などにおいて医療従事者の指示に従っているかを評価する概念のことであり、患者の意思に関係なく指示通り服薬や行動制限が出来ていれば良しという考え方でした。
しかしながら、継続的に実施するためには患者の強い意思が重要であることから、今ではアドヒアランスが優先的に用いられるようになりました。
なお、アドヒアランスを向上させるためには、患者側の問題、医療従事者側の問題、患者・医療従事者の相互関係、の3つの側面から、さまざまな問題を1つずつ解決していくことが大切です。
アドヒアランスを向上させるための詳しいポイントについては、「看護におけるアドヒアランスの意味と向上に向けた取り組み」をお読みください。
④メンタルヘルスケア
医療に対する不安、環境の変化に伴うストレス、社会復帰への不安、身体的苦痛によるストレスなど、患者はさまざまな精神的負担を感じています。中には、これら精神的負担が増大することで、うつ病、統合失調症、自律神経失調症などの精神障害を併発する患者は少なくありません。
患者の精神的負担を軽減させるためには、患者とのコミュニケーションが非常に重要であり、傾聴するだけでも不安やストレスを取り除くことができます。なお、より効率的に軽減させるためには、看護師自身のコミュニケーション力の向上、ならびに信頼の獲得が重要となります。
⑤生活習慣の改善指導
中でも生活習慣病に分類される、「糖尿病」「高脂血症」「高血圧症」「動脈硬化」「脳卒中」などの治療には生活習慣の改善が必要不可欠です。バランスの良い食事、適度な運動、十分かつ良質な睡眠などにより、有する疾患の早期改善を促すばかりか、再発や合併症の予防に役立ち、これら生活習慣の改善を看護師がしっかり指導し、患者が自分の意思で積極的に行うことでヘルスプロモーションは推進されます。
⑥栄養管理・指導
⑤生活習慣の改善指導で述べたように、バランスの良い食事はヘルスプロモーションの推進に一役買いますが、ひとえにバランスの良い食事といっても、身長・体重による必要カロリー、疾患による栄養素の制限、アレルギーなどによる摂取不可能な成分など、患者によって“良い食事”は異なります。
それゆえ、入院時・退院後に関わらず、各患者に合った栄養管理が必要であり、栄養過多または栄養過少にならないように栄養指導を行うことが大切です。
⑦保健指導
保健指導にはさまざまな形がありますが、患者主体でみれば「定期検診の実施」や「疾患への理解」などが当てはまります。退院後の自宅療養において、健康管理を行うのは患者自身です。
また、疾患の症状が軽減されていても必ずしもそれが“良好な状態”ではなく、自覚症状がなくても進行している場合が多々あります。それゆえ、疾患の進行度を把握するために、また他疾患・合併症の早期発見ができるよう定期検診を受けることが重要となります。
患者自身が有する疾患に対して確かな理解を持つことで、症状の増悪を防ぐことができ、そのほか感染防止(感染予防策の実施、感染地帯からの避難)など、これら保健指導をしっかり行うこともヘルスプロモーション推進の役割を担っています。
3-2、具体例:患者全体(広域)
次に、広域でのヘルスプロモーションの実践例についてです。広域とは、いわゆる組織・集団としての関わりのことを指し、広域でのヘルスプロモーションの推進には、「①看護の質向上」「②地域活動への参加」「③健康に関する支援的環境の創造」などがあります。
医療機関または集団としての看護師が視点となり、患者全体や地域に住む多くの人々が対象となることから、ヘルスプロモーション推進に向けた取り組みは非常に大きな役割を担います。
①看護の質向上
看護の質向上には看護師1人1人の看護技術の向上も大きく関係していますが、組織単位では人員の確保や充足した看護の必要量(看護必要度)が重視されます。
看護師1人1人の看護量には限界があるため、組織単位での看護の質向上はヘルスプロモーションの推進において大きな役割を担っていると言え、反対に看護の質低下はヘルスプロモーションを大きく抑制させてしまいます。
②地域活動への参加
近隣住民の健康・医療に対する知識の習得や、健康づくりに取り組むための技術を身につけられるような働きがけを行うのもヘルスプロモーション推進のための1つの役割です。また、地域ボランティアとして地域住民へ検診を行うのもこれに当てはまります。
③健康に関する支援的環境の創造
近隣地域に住む人々が健康的に過ごせるよう、健康的な公共政策作り・環境作りも大きな役割を担っています。これを可能にするためには地域で活動を行う医療機関、行政、教育機関、企業、ボランティアグループなどとの連携が必要不可欠であり、それぞれが役割を持って協力して安心・安全・安楽な環境を構築することが重要となります。
3-3、具体例:看護師個人
最後に、看護師個人が行うヘルスプロモーションの推進についてお話します。上述のように、看護1人1人が患者に対して行う実践例、集団・組織として患者全体ならびに地域社会に対して行う実践例のほか、看護師個人のレベルアップもヘルスプロモーションの推進に不可欠な要素と言えます。
また、看護師1人1人のレベルアップにより、受け持つ患者だけでなく、看護師が交友関係を持つ者、たとえば家族や友人などのヘルスプロモーションをも推進でき、さらに看護技術や知識を共有することで他の医療従事者のレベルアップ、ならびにそれら医療従事者の患者・家族・友人へ、広範にヘルスプロモーションを普及させることができます。
①看護技術の習得
看護師1人1人が高い看護技術を有することで、患者の身体的・精神的負担は少なくなり、QOLの維持・向上を支援することができます。ひとえに看護技術といってもそのレベルは各個人から見えづらく不明瞭。そこで「クリニカルラダー」が役に立ち、これにより自身のレベルを主観的・客観的に把握することが可能です。なお、経験と技術の相関関係はなく、必ずしも経験があれば技術が高いとは言えません。
②先端知識の習得
近年の医療技術の進歩は著しく、毎日、世界中でさまざまな研究が行われており、進歩が著しいことで、これまでの看護実践が否定され、新たな看護法が確立されることも珍しくはありません。
セミナーや研究会など情報提供の場に積極的に参加する、論文に目を通すなどで先端知識を習得することができ、先端知識を習得しそれを自身の看護に生かすことで患者のヘルスプロモーションを促すことができます。
また、看護に限らずヘルスプロモーションに特化したセミナー・研究会も多く実施されていますので、知識習得のために積極的に参加しましょう。そのほか、書籍を参考にするのもよいでしょう。
③看護技術・知識の共有
看護技術の習得・知識の習得をふまえ、これらを他の医療従事者に共有することでも、ヘルスプロモーションを促すことができます。それを可能にするために、熟練の技術と豊富な知識が必要であるということは言うまでもないでしょう。
看護技術・知識を共有する場は、書籍、セミナー、研究会、論文とさまざまな形式がありますので、高い看護技術・豊富な知識を有する看護師は積極的に情報提供を行い、ヘルスプロモーションの推進を支援してください。
まとめ
ヘルスプロモーションを推進させるための実践内容は数多く存在しますが、これらすべてを網羅的に実践する必要はありません。また、あくまで当ページで示したものは一部であり、その他にも多くの実践内容があるでしょう。
何をどのようにすればヘルスプロモーションの推進に役立つのかを、自身自身で考え提案することも立派な取り組みですので、この機会にぜひ考えてみてください。
参照・引用文献
※1) WHO constitution, WHO, 1948
※2) Ottawa Charter for Health Promotion, WHO, 1986
※3) Stokes,J., et al: Definition of terms and concepts applicable to clinical preventive medicine. J. Commun. Health, 8,33-41,1982
※4) Last J.M : A Dictionary of Epidemiology, 4th ed. Oxford Univ. Press, 2001
※5) Pender, N. J., Murdaugh, C., & Parsons, M.A.: Health Promotion in Nursing Practice, 5th edition. Upper Saddle River, NJ, Prentice-Hall Health, Inc., 2006
※6) Green L.W., Kreuter N.W. : Health Promotion Planning; An Educational and Ecological Approach, 3rd.ed. Mayfield Publishing Company, Mountain View, 1999
※7) http://www.icn.ch/who-we-are/icn-definition-of-nursing/
※8) Nursing: Scope and Standards of Practice, American Nurses Association, 2004
※9) 日本看護協会:看護制度改善にあたっての基本的考え方. 看護、25,52・60,1973
※10) Nightmgale F. : Notes on Nursing, 1860, 湯槙ます、他訳、看護覚え書、p14-15, 現代社、東京、1968
※11) Virginia Henderson: Principles and Practice of Nursing、Macmillan Pub Co, 1978