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「なぜ人は宗教で健康になれるのか」を専門医が解説する

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宗教の目的は「個人の健康」と「世界の平和」を維持し発展させることにあります。この目的のもと、古来よりさまざまな宗教の教義や修行法が提示され発展してきました。ところが近代に入ってからは「個人の健康」は主に医学が担う一方で、「世界の平和」は主に宗教や政治が担い「健康」と「平和」が同じ俎上で議論されることは少なくなってきました。

西ヨーロッパやイスラム世界における自然科学の発達は、神への信仰と深く結びついており、自然科学によって世界を解明することはそのような精密な被造物を創造した神の偉大さを讃えることにつながっていました。実際、欧米では神の存在について研究する神学は、長きにわたって学問上の基礎科目でありました。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ハーバード大学も元々は神学校でした。

 

1 祈りから医学へと発展

祈り

世界的に見ると神を信じている人は多く、アブラハムの宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)を信じている人口だけでも30億人を超えます。古代から現在まで神話的世界観の中で、神は超越的であると同時に人間のような意思を持つものとして捉えられてきました。一方で、 神の存在を疑う者も多いのも事実です。神の不在を信じる者は無神論者と呼ばれ、マルクス主義は無神論の立場に立ち、実存主義者の一部も無神論を主張します。長らく神学を継承しながらも批判的に発展してきた哲学でもその風潮を受け、19世紀にはニーチェが有名な「神の死」を指摘しました。ニーチェが提起した「神の死」は善悪の行いを基準とした道徳観や倫理観の崩壊を招き、ニヒリズム(虚無主義)をもたらしたのです。

世界には古来、無数の宗教があってそれぞれが「祈りと癒し」の長い伝統を受け継いできました。私たち人間は古来から、心の力による深い癒しをもたらす方法を受け継いできました。あらゆる宗教によって実践されてきた「祈りと瞑想」という行為には癒しの効果があるのです。ところが人間は近代になってその長い伝統を忘れ、人間を「物」とみなし、化学物質一辺倒の医学ばかりを発展させてきました。

 

2 オキシトシンとは?

オキシトシン

専門医が教える!幸せホルモン「オキシトシン」にあふれる生活の過ごし方

オキシトシンは脳下垂体で産生される神経伝達物質(神経ホルモン)ですが、 ストレスが負荷されたり社会的刺激を受けたりすると脳内の種々の部位に向かって放出されます。オキシトシンには、すでによく知られた「授乳」「分娩の促進」のような哺乳動物としての繁殖機能を助ける働きの他に、社会行動や積極的な仲間付き合いを調整する重要な働きがあります。人にオキシトシンを経鼻投与(噴霧)すると、他人を信用する度合いが増します。日常生活の中で人と交わることで得られる相互作用が男女共にオキシトシンシステムを継続的に活性化させています 。

ラットの実験では、世話をしてくれるものとの身体の接触が視床下部でオキシトシン放出を促していることが確認されています。こうした結果は、日常的な人や仲間との交流(接触)がオキシトシン発現を増加させ、それによって心理的行動や日常活動を調節していることを示すものです。人に関心を持ち積極的に交友すると、中枢神経でオキシトシン発現が増加し、それによってストレスの多い日常生活が乗り切れ胃腸障害が改善されます。オキシトシンは社会的愛着を持ち、良好な人間関係を築くことの科学的・医学的な根拠を提供しているのです。積極的な人間交流は、共感や思いやりの心情や行動を与えたり受けたりする双方向性の感情を受け渡しする行為といえます。人から共感され理解を得られると、ストレスに対処できる可能性のあることが最近の研究で明らかになってきました。

愛する家族との団らんの時を持つことや、仲間との交流は健康を増進させます 。多くの研究は、ボランテイア活動が心身の疾病に対して予防効果のあることを報告しています 。ボランテイア活動を規則正しく長期間継続することと、多くの種類のボランテイア活動に参加することはどちらも本人の幸福感や健康度と極めて密接に関係しています。つまり積極的に人とお付き合いをすることは、お互いが共感・気遣いを授受し合うことで自分の身体のなかに内因性のオキシトシン発現を増加させ、日常経験するストレスの克服に重要な役割を果たすことになるのです。助けを必要とする人々のことを考え、彼らに同情を寄せるだけで視床下部のオキシトシン発現が増加します。そしてそのオキシトシンが私たちの心と身体の健康を促進させるのです。

オキシトシンは 「母子の絆」「性愛行動」「人の付き合い方」、そして「心の安定」「身体の健康」に関係していると考えられています。幸福感・健康感というのは心理的・身体的に病気から解放されている状態であり、気持ちがすべてに前向きで充足した状態をいいます。オキシトシンは健康の増進はもちろんのこと、対人関係の向上、信頼獲得の強化、不安・心配の軽減を叶えてくれるのですから幸福への誘引剤といえます。

オキシトシンは私たちが幸福になれるよう広範囲な効果を持っていますが、それ故に、逆にこの分泌機能が働かなくなった場合、私たちは病的な状態になり、生活の質が落ち込む原因にもなります。そして自閉症、統合失調症、 外傷後ストレス障害、抑うつ症などの精神疾患が引き起こされるのです。

 

3 宗教で「幸せ」「健康」になる理由

幸せ

一神教の教えは排他的ではあるにせよ、信者にはさまざまの規範を強いています。信者になれば自ずと神の慈悲が得られるわけでは決してなく、神の慈悲を得るためには、信者には果たすべき義務があるのです。『アッラー』の神の恩寵を授かるには、私たちは心を純化しなければならないとコーランは諭します。この「純化」というのは、自我に固執せず、他人への思いやりを育む努力を続けることと私は理解します。「純化」により視床下部のオキシトシン発現が活発化し、自ずと私たちの健康を維持管理してくれることになるということではないでしょうか。オキシトシンは 人と人とが積極的で好意的な絆の環を築く促進剤として働き、人を好きになったり愛したりすることを手伝ってくれています。このオキシトシンによって促進される人との付き合いを永く維持できれば、「友好の輪(愛のループ)」が崩れることはありません。活発化したオキシトシン誘導による積極的な社会活動は、やがて地域全体におよび、結果として平和で住みよい社会を創りあげることになるでしょう。母親の「子育て法」が世代を超えて受け継がれるのと同様に、人と人の間の「好意」「共感」「友情」やその行為も世代を経て受け継がれていきます。

「キリスト」や「アッラー」の存在を信じ、瞑想や祈りなどの宗教活動や日常の善行を続ける人たちはこれらの行為によってオキシトシン神経が活性化され、神へのチャンネルが開くのでしょう。あるいは瞑想や祈りによって活性化されたオキシトシン神経により神のイメージが容易に想像できるようになるのでしょう。いずれにせよ、私たちの視床下部のオキシトシン神経の活性化が 「神」へのチャンネルを開き、その恩恵や慈悲を受けるのに必須なのです。まさに視床下部の活性化したオキシトシン神経こそ、天上の神と対話できる装置なのです。

一方で、「キリスト」や「アッラー」などの 神の存在を信じない人々にとっても、もしオキシトシン神経が活性化されれば、視床下部が「内在する神」として作用し私たちの心と身体の健康維持に役立つことになります。

 

4 思いやりは生物学的な要因により生まれる

思いやり

ダライ・ラマ14世はこう述べています。『愛と思いやりはいかにして育まれるのでしょうか。それは宗教によってでもなく、教育によってでもなく、法律によってでもなく、まさに生物学的な要因によっているのです。なぜならば、この世に生まれ落ちたその瞬間から私たちが生きていくためには、母親の愛情が決定的に必要だからです。そしてこういった本来的な意味における他に対する愛情や思いやりが、私たち人間を結び合わせ、一つの共同体をつくって生きていく原動力であるわけです。同時にこの愛と思いやりが、他人の面倒をみるというケアの意識を生みだすのです。』

ダライ・ラマ14世は「愛と思いやり」は、母の愛という「生物学的な要因」に依存していると述べています。お釈迦様や仏様がおっしゃっているから「愛と思いやり」が大事なのではなく、それは「生物学的な要因」に起因しているのだと説きます。母性愛を発現させるオキシトシンという「生物学的な要因」が私たちの「愛と思いやり」の根源であり、このオキシトシンこそが「私たち人間を結び合わせ、一つの共同体をつくり、同時に他人の面倒をみるというケアの意識を生みだす」と、筆者は理解します。

 

5 欧米の心理学者が確立した「LKM」瞑想法とは

瞑想

仏教は釈迦が説かれた教えー現世で必然の「四苦」を克服するためには欲を捨てればよいーを学ぶ宗教です。「悟り」とは、自己と他者が同じであることを感得することであり、禅でいう「大悟」とは、そのような体験をすることのようです。そのような「悟り」の境地に到達する方法は、妙好人「浅原才市」のような念仏三昧もあれば、比叡山の千日回峰行や籠山行、護摩行、坐禅の公案や只管打坐(しかんたざ)などさまざまです。

小乗仏教の一派である上座部仏教には、昔から「慈悲の瞑想」の修行により人との交友を進んで行い、人を慈しむことを強調してきました。『生きとし生けるものが幸せでありますように、生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように、生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように、生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように。私を嫌っている人々も幸せでありますように、私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように、私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように、私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように。』

「慈悲の瞑想」は、自分の身近な人のみならず、自分を嫌っている人々の幸福を祈るところにその真骨頂があります。最近、欧米の心理学者は、この「慈悲の瞑想」を応用しLoving kindness meditation (LKM)という瞑想法を確立しました 。LKMはまず身近な人(例えば、家族、恋人、友人など)を想定し、その人の幸せを心底から祈ることから始めます。このトレーニングの後で、祈りの対象をあまり良く知らない人(例えば、今日行ったスーパーのレジの人や、駅ですれ違った人など)にまで広げていきます。その後自分が嫌いな人、自分を嫌っている人、 疎遠にしている人などをも祈りの対象として、その人たちの幸せを真剣に祈るトレーニングをします。そして最終的には、人類、地球、宇宙にまで祈りの対象を拡大していきます。LKMの手法で大事な事は、身近な人であれ、嫌いな人であれ、直接会って親切な行為を実際に施す必要はまったくないという点です。その代わりに誰をも区別せず、真剣にその人たちの幸福を心底から祈ることを修練するのです。

 

6 脳を活発にする「LKM」の効能

脳

LKMのトレーニングにより、慢性腰痛、心理的苦痛、怒りの感情が和らぎます。LKMにより前頭葉や視床下部をはじめ、さまざまな分野で脳の神経活動が活発になることが確認されています。オキシトシン刺激が能動的な他人への思いやりによって誘発されること、オキシトシン自体が個人のストレス反応を抑え、痛みを減少させる作用があることなどを考え合わせれば、LKMによる有益な効果はオキシトシンを介した現象であることが容易に想像できます。残念ながら、LKMによって視床下部のオキシトシンが増加したという直接のエビデンスは現時点では報告されていませんが、世界の神経科学者の関心が、LKMとオキシトシンの関係の解明に向かっていることは間違いありません。

LKMは直接誰かに会って親切な行為を施すわけではありません。ただ、そのように念ずるだけですが、誰をも区別せずに心底から他人の幸福を祈ることにその特徴があります。このトレーニングを積むことで、利己的だった脳の神経回路が利他的なものに変わっていくのです。その神経回路の構築に、視床下部から脳の各部位に投射しているオキシトシン神経が関わっています。したがってこのトレーニングは、自分自身の感情を欺いて、他人の幸福を祈るふりをしただけでは、効果を得ることはできません。能動的に他人を思いやる気持ちを起こさなければオキシトシンが活性化しないからです。このときの自分自身の感情、これこそが今まで一般的に「良心」と呼ばれていたものに相当します。すなわち、自分の「良心」の命ずるままに、他人の幸福を祈る心情を育むことが、自身のオキシトシン神経を強化し発展させるのです。

ダライ・ラマ14世は、思いやりの実践が自身の幸せと健康につながることをその類い稀なる直感力で見抜いていました。自他ともに幸せになれるためには、他人を想いやる訓練をすることが大切なのです。「慈悲の瞑想」やLKMの実践を毎日繰り返しながら、他人を思いやる感情を育む訓練を欠かさず続けることです。それにより『昨日よりは今日、今日よりは明日』とより愛情溢れる人間に自分自身を育てていくことができます。大切なことは宗教の教団や組織ではなく、個人のうちにある「宗教心」なのです。そして、その「宗教心」は「利他の心」と言い換えることができます。

人の健康は家族の支えを得て、社会的ネットワークが上手く構築できたときに増進します。また、ボランティア活動も、心身の不調に対して予防的効果のあることがわかっています。愛情をベースにした身体へのタッチは、私たちの心と身体に有益な効果を与えてくれますが、この効果の生理学上の最大の功労者の一つが「活発化したオキシトシン」であることは理論上疑いの余地はありません。社会的活動を積極的に行っているときに感ずる「高揚感」には視床下部でのオキシトシンが関係していると考えます。

人類は遺伝子レベルで仲間と仲良く協調して生きるように仕組まれています。そうすることが他に勝る生存条件を得るための鍵となるからです。「人を愛する」「人を好きになる」ことは、それが親子間、男女間を問わず愛された(好きになられた)人のみならず、愛を最初に与えた(最初に好きになった)人にも恵みをもたらすことのなのです。他の人の気持ちに寄り添い、情けや愛情をかけることがオキシトシンを増加させ、その増加したオキシトシンが心臓血管系を強くし、痛みを和らげ、ストレスへの抵抗性を高くし健康維持に役立つことになります。

 

6  まとめ

オキシトシンの働きによって人は優しくなり、人に好意を寄せ、そして好意ある行動をします。すると好きになられた人は、その友好的な行為に刺激を受け、今度はその人の脳内オキシトシンの発現が活発になり、受けた好意を同様に好意で返すようになります。こうして両者間には良好な関係の絆(愛のループ)が形成されることになります。「愛」は一方通行の自己犠牲ではありません。「人を思いやる」という情感でオキシトシンが増加し、健康の維持につながります。加えて、与えた(施した)思いやりと質・量共にほぼ同等の思いやりが相手から返ってくることにもなります。こうした「愛のループ」の形成が健康上のプラスになり、また社会生活上プラスになることは当然のことです。私たちが人類という「種」として生き残るためにも、私たちの社会の質的向上発展のためにも、こうした「オキシトシンを媒体とした人と人との絆のループ」が必要不可欠なのです。これは人類が太古から大切にしてきた普遍の愛の力なのです。

 

参考文献

高橋徳著『人は愛することで健康になれる–愛のホルモン オキシトシン』(知道出版, 2014)


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