妊娠高血圧症候群とは、高血圧を妊娠20週から分娩後12週までに発症した状態のことです。重症化すると、子癇発作や常位胎盤早期剝離などが起こり、母子ともに危険になることがあります。
妊娠高血圧症候群の原因や症状、予防方法を考慮した3つの看護計画のコツをまとめました。産婦人科の看護師は、今後の看護の参考にしてください。
1、妊娠高血圧症候群とは
日本産婦人科学会は、妊娠高血圧症候群(Pregnancy Induced Hypertension=PIH)を「妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧がみられる場合、または、高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないもの」と定義づけています。
以前は妊娠中毒症と言われていて、血圧・たんぱく尿・浮腫の3つにより規定されていました。でも、近年の研究で、血圧が正常であれば、たんぱく尿や浮腫が見られても、母子に異常が起こるリスクが少なく、母子の障害に直接関係するのは高血圧が中心であり、血圧管理が重要であることがわかってきたため、2005年4月に日本産婦人科学会が「妊娠高血圧症候群」と名前を変更しています。
1-1、妊娠高血圧症候群の分類
妊娠高血圧症候群は症候による病型で分類できます。
<症候による病型分類>
高血圧 | たんぱく尿 | |
軽症 | 1か2のどちらかに当てはまる場合
1.収縮期血圧が140mmHg以上で160mmHg未満 2.拡張期血圧が90mmHg以上で110mgHg未満 |
0.3g/日以上、2g未満の場合 |
重症 | 1か2のどちらかに当てはまる場合
1.収縮期血圧が160mmHg以上 2.拡張期血圧が110mmHg以上 |
2g/日以上が原則。随時尿で検査をする場合は、複数回の尿検体で連続して3+(300mg/dl以上)以上の陽性と判定された場合は、たんぱく尿重症とみなす。 |
2、妊娠高血圧症候群の原因
出典:妊娠高血圧症候群Q&A
妊娠高血圧症候群の原因は、まだ明確にはわかっていません。ただ、現時点で最も有力とされている原因は、胎盤がうまく作られないことです。
人間の胎盤は子宮に張り付いていますが、胎盤が作られる時には一度子宮の血管(らせん動脈)を破壊して、胎盤に血液が十分に流れるように作り直すことで、胎児に酸素や栄養を送ります。
ただ、この血管の再構築がしっかり行われなかった場合は、胎盤への血流量が少なくなり、胎児に影響が出る危険があります。そうすると、母体は胎盤への血流量を何とか維持しようとして、高血圧になるのではないかと考えられているのです。
3、妊娠高血圧症候群の症状と合併症
妊娠高血圧症候群は、軽症の場合、ほとんど自覚症状がありません。浮腫が症状として現れますが、浮腫は妊娠高血圧症候群特有の症状ではなく、妊娠中期以降の妊婦の多くに見られる症状です。重症になると、浮腫以外に頭痛や耳鳴り、ほてり、目がチカチカするなどの症状が現れるようになります。
また、重症化すると、次の4つの合併症が起こることがあります。
①子癇発作
子癇発作は妊娠20週以降に初めて起こった発作で、てんかんや二次性痙攣ではないものを言います。
高血圧が続くことで、脳の血流量が増えます。そうすると、脳の血管がパンパンに拡張し脳体積が増えます。脳は体積が増えても、頭蓋骨が脳をしっかりと覆っていますので、圧の逃げ場がなくなり、頭蓋内圧が亢進して、脳浮腫が起こります。
子癇発作はこの頭蓋内圧亢進と脳浮腫が原因で痙攣を起こすと考えられていて、妊娠中・分娩中・分娩後、どの時期にも起こります。
子癇発作はすぐに治まらず、長時間継続すると脳ヘルニアを起こし、母子ともに危険な状態になります。
②HELLP症候群
HELLP(ヘルプ)症候群は、妊娠後期から分娩後に発症しやすい疾患で、溶血(Hemolysis)と肝酵素の上昇(Elevate liver enzyme)、血小板減少(Low platelets)が起こる病気です。この3つの症状の頭文字をとってHELLP症候群と呼ばれるようになりました。
HELLP症候群になると、血液の凝固障害や多臓器不全に至るリスクがあります。
HELLP症候群は、高血圧が続くことで、血管内の内皮細胞が障害を受け、毛細血管にフィブリンが沈着し、毛細血管を通る赤血球が障害されて、溶血が起こります。さらに、血小板が活性化して消費されるので、血小板が減少し、肝臓の中の血管も異常が起こるので、肝酵素が上昇すると考えられています。
HELLP症候群は、適切な対処・管理が行われないと、死亡率は30%前後もある疾患なのです。
③常位胎盤早期剥離
常位胎盤早期剥離は胎盤の位置は正常にもかかわらず、分娩前に胎盤が剥がれてしまう疾患です。
胎盤が剥がれることで、胎児への血流が急激に減少します。さらに剥がれた部位からトロンボプラスチンなどの成分が母体の静脈に入り込むことで、DICを引き起こすこともあります。
母体の死亡5~10%、胎児の死亡率は30~50%とされています。
④脳血管障害
高血圧が続くことで、脳出血などの脳血管障害が起こるリスクがあります。脳血管障害の病状によっては、妊娠の継続が困難になるどころか、母子ともに危険になることもあります。
4、妊娠高血圧症候群の予防
妊娠高血圧症候群は、まだ明確な原因がわかっていませんので、予防法も確立されていないのが現実です。
ただ、次のような人が危険が高いという報告があります。
・母体年齢=35歳以上、15歳以下
・高血圧、腎疾患、糖尿病などの基礎疾患がある ・肥満=BMI25以上 ・初産婦 ・感染症(尿路感染や歯周病)がある |
これらの中で、予防できるのは肥満や感染症です。妊娠を希望する女性は肥満にならないように注意し、また尿路感染症や歯周病がある人はしっかり治療しておくと、発症のリスクを下げることができます。
4-1、妊娠高血圧症候群の食事
妊娠高血圧症候群の予防や治療のために、以前はカロリーや塩分を厳しく制限していましたが、現在は食事による治療が有効であるというエビデンスがないため、過度の食事制限は行われていません。
基本的には、正常妊婦の基準値に見合うようなカロリーで、塩分摂取量は1日7~8gになるようにします。
カルシウムやビタミンC、ビタミンEの摂取は、発症リスクを下げるという研究がありますので、予防や治療に使われる時もあります。
5、妊娠高血圧症候群の3つの看護計画のコツ
妊娠高血圧症候群の患者の看護をする時には、原因や症状、患者の状態を踏まえて、看護計画を立案しなければいけません。
どのような看護計画を立てるべきなのか、看護計画のポイントを説明していきます。
①症状の悪化や合併症のために母体や胎児にリスクがある
妊娠高血圧症候群が重症化すると、先ほど説明したような合併症が起こって、母子ともに危険な状態になります。
そのため、看護師は症状が軽快し、安全に妊娠期から分娩、産褥期を送ることができるように支援していく必要があります。
看護目標 | 症状が軽快し、合併症が起こらない |
OP(観察項目) | ・症状の有無や程度(血圧や尿たんぱく等)
・常位胎盤早期剝離の徴候(下腹部の板状硬結、強い下腹部痛、大量の性器出血等) ・子癇前駆症状の有無(頭痛、めまい、眼症状、悪心・嘔吐) ・CTGによる胎児情報 |
TP(ケア項目) | ・安静度に応じた日常生活援助をする
・医師の指示に基づいた薬剤投与を確実に行う ・児の心音聴取やNSTモニタリングを適宜行う ・緊急時の対応の準備をしておく |
EP(教育項目) | ・安静の必要性を説明する
・治療食の詳細(塩分量)などを説明する |
この看護計画の基本は、異常の早期発見になります。異常の早期発見をして、早期に対応・対処することで、母体と胎児を守ることができます。
そのためには、看護師はきちんと観察して、患者にも異常がみられたらすぐに報告してもらうように説明しておかなくてはいけません。
②疾患についての理解不足がある
妊娠高血圧症候群は、子癇発作や常位胎盤早期剝離など母体にも胎児にもリスクが大きい合併症が起こる可能性があります。
そのため、重症化すると入院加療が必要であり、食事や行動制限などの必要性が出てきます。
ただ、患者の理解不足があると、治療の効果が低くなりますので、看護師は患者の疾患に関する理解不足を解消するケアをしなくてはいけません。
看護目標 | 疾患について正しく理解し、安静度や食事の制限を守ることができる |
OP(観察項目) | ・症状の有無や程度(血圧や尿たんぱく等)
・胎児の状態 ・患者や家族の理解度 ・妊娠の受け止め方 ・食事摂取量や食事の内容 ・家族のサポート状況 ・睡眠状況 ・仕事や家庭での忙しさや行動量 ・言動や表情 |
TP(ケア項目) | ・医師の説明を理解しているかを確認し、必要なら何度でも説明してもらえるように機会を整える
・退院後も必要な安静をキープできるように環境調整に関するアドバイスをする ・食事療法を行う ・医療者の言動を統一する |
EP(教育項目) | ・安静度について細かく説明する
・食事制限の必要性を説明する ・家族にも説明し、協力を求める |
この看護計画を実践する場合は、患者(妊婦)本人に説明するだけでなく、配偶者や家族にも説明をする必要があります。
患者本人は理解できていても、家族が理解していないと、食事や安静度を守れないこともあるので、家族が疾患を正しく理解しているかも確認するようにしましょう。
③行動制限・食事制限による苦痛がある
妊娠高血圧症候群は安静が基本になります。また、食事制限も必要です。これによる苦痛があるため、看護師は苦痛を軽減できるように看護介入をしていく必要があります。
看護目標 | 安静や食事制限に伴う苦痛が軽減する |
OP(観察項目) | ・疾患の理解度
・入院や疾患の受け止め方 ・安静度 ・言動や表情 ・食事摂取量 ・睡眠状況 ・家族のサポート状況や面会状況 ・家族の理解度 |
TP(ケア項目) | ・病室の環境を整える
・気分転換ができる工夫をする ・安静度に応じた日常生活援助を行う ・受容的な態度で接する ・胎児の状態を細かく伝える |
EP(教育項目) | ・安静や食事制限の必要性を説明する
・不安や苦痛はいつでも表出してよいことを伝える ・家族にサポートしてもらうように協力を要請する |
行動制限によるストレスは、その制限による成果がわかると、治療へのモチベーションを維持できるので、胎児の状況を伝えて、治療の効果が患者にわかるようにしましょう。
また、可能な限り家族に面会に来てもらうと、精神的な苦痛が軽減でき、気分転換になりますので、家族にも疾患の説明をして協力してもらうようにすると良いでしょう。
まとめ
妊娠高血圧症候群の看護についてまとめました。妊娠高血圧症候群は原因や予防法が確立されていませんが、子癇発作や常位胎盤早期剝離など母子ともに危険になる合併症を発症するリスクが高いです。
看護師は患者と胎児の安全を第一にして、症状が悪化しないように3つの看護計画のポイントを参考にしながらケアをしていくようにしましょう。
参考文献
妊娠高血圧症候群の早期発見と対応(日本産婦人科学会誌59巻9号|佐川典正、月森清巳、関博之|2007年9月)
我が国における妊娠高血圧症候群と栄養管理について(栄養学雑誌69巻1号|伊東宏晃|2011年)
妊娠高血圧症候群(一般社団法人北海道薬剤師会|2012年12月4日)
妊娠高血圧症候群Q&A(日本妊娠高血圧学会)
異常・疾病からみたリスクサイン(日本医科大学多摩永山病院女性診療科・産科医局|中井章人)