腹痛・発熱などと共に一般的な風邪症状で馴染みのある「咳嗽」。臨床現場でもよく見られる症状の一つですね。「咳嗽」といば最初に浮かぶのが「風邪」ではないかと思いますが、実際医療現場で働いていると、様々な種類の「咳嗽」に遭遇します。
1、咳嗽とは
生体は自己を守るために種々の防御機構を有しています。「咳嗽」とは、「咳」のことで、気道内の異物を排除する重要な生体防御反射です。上気道に対する様々な物理的、化学的あるいは炎症性刺激が原因となり、肺内の空気が音を伴って反射的に呼出される現象です。胸膜、縦隔、食道などの刺激によっても起こります。これらは気道内の分泌物や異物を除去するための肺の防御反応の一つと言えます。
咳嗽は、「痰」を伴うか否かにより湿性咳嗽と乾性咳嗽に分けられ、3週間以上持続する咳を遷延性咳嗽、8週間以上持続する咳を慢性咳嗽と言います。
2、咳嗽のガイドライン
「成人の感染性咳嗽の診断」や「小児における慢性咳嗽の代表的疾患と診断」などについて日本呼吸器学会より「咳嗽に関するガイドライン」が出されているので参考にされると良いと思います。(参考元:咳嗽に関するガイドライン第 2 版 – 日本呼吸器学会)
また、「咳嗽」といっても原因疾患により治療方針・内容が変わってくるため、私たち医療者は各疾患に対して適切な看護を提供していかなくてはなりません。
3、咳嗽反射とメカニズム
咳嗽反射はどのようにして起こるのでしょうか。まず刺激や炎症が起こります。そうすると気管や気管支、肺胞などに分布する咳受容体が炎症や刺激に反応し、迷走神経を介して延髄の咳中枢に至ります。延髄からは横隔神経を介して横隔膜や肋間筋に至り、吸気が起こります。そして声門が閉鎖して呼吸筋の収縮によって胸腔内圧が上昇、声門が開き呼気が生じます。
出典:Cough suppressants & expectorants
咳反射が起こるのは異物が入り込んだ時のみではなく、体内に侵入した細菌やウルスなどを排出する際や食べ物や唾液などの誤嚥時にも起こります。咳嗽と共に出る痰は、体内に入ってしまった細菌やウイルスを体外へ排出するためのものです。
4、咳嗽の種類
咳嗽はどのくらいの期間それが持続しているのかで以下の3つに分類できます。
①急性咳嗽
3週間未満で治る咳のことを言います。多くは風邪やインフルエンザなど、気管支や肺などの呼吸器の感染によるものです。
②遷延性咳嗽
3〜8週間未満で治る咳のことで、咳嗽が見られる期間が長いほど感染症以外が原因である可能性が高くなります。
③慢性咳嗽
8週間以上持続する咳で、感染症が原因であることはほとんどなく、他の疾患が背景にあります。
また、「咳嗽の状態による分類」では、以下の2つがあります。
①乾性咳嗽
痰が出ないあるいは出たとしても透明でさらっとしたものが少量という場合を乾性咳嗽と言います。字のごとく乾いた咳が聞かれます。原因疾患に咳喘息、感染後咳嗽、胃食道逆流、アトピー咳嗽、百日咳、心因性咳嗽などがあります。
②湿性咳嗽
粘り気があって、色がついている痰が出る咳です。痰が絡んだ咳ですね。風邪などの感染症が原因で起こりますが、長引く場合は、喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、鼻の病気等が原因であることが多くなります。肺がんや心不全などでも見られます。
5、咳嗽の随伴症状
咳嗽は生体に以下のような影響を及ぼします。
■エネルギーの消耗
咳嗽によって呼吸筋が消費するエネルギーは1回につき約2Kcalと言われています。強い咳嗽が続けばそれだけ多くのエネルギーを消費します。湿性咳嗽の場合は、喀痰に含まれるアルブミンなどのタンパク質、電解質や炭水化物も失うため消耗はさらに増大します。
■気道の変化
咳嗽発作時には、気道を取り囲む肺胞や胸腔内圧が増大、気道は外側から圧迫されて呼気時に細くなります。そして、吸入された空気が呼出期に一部しか呼出されないため肺胞内に空気が蓄積し、肺胞内圧・胸腔内圧はさらに増大します。これは喘息に著名に見られます。
■循環系の変化
咳嗽による肺胞内圧、胸腔内圧の上昇は肺循環・体循環ともに変化をもたらします。呼気閉塞時は、肺動脈圧が著しく上昇し冠血流量の減少と右室心筋の虚血を起こし、急性心不全の主因となります。また、胸腔内圧の著名な上昇は、静脈還流量を減少させて脳血流量の減少をもたらします。
上記の結果、次のような症状や状態を引き起こしやすくなります。
①疲労、胸痛、腹痛、不眠、食欲不振、眼瞼浮腫、精神的不安定
②皮下気腫、自然気胸
③鼻出血、眼底出血、喀血
④脳動脈や大動脈瘤などの破裂
⑤ヘルニア、脱水、尿失禁、流産
⑥突発性呼吸困難、急性右心不全、失神など
6、咳嗽訓練
自発的に咳が出るように行う訓練を「咳嗽訓練」と言います。自発的に咳ができない患者さん、嚥下障害のある患者さんに対して行います。むせに対処する防御機構を強化する訓練です。
6−1、咳嗽訓練のやり方
①咳嗽反射の弱い人、嚥下障害を持つ人に対して、その人の腹部に手を置いて息を吸ってもらう
②腹部が膨らんだのを確認してから「えへん」としっかり声をあげながら息を吐いてもらうよう指導する(この時、腹式呼吸ができているかどうかを確認しましょう)
③その呼気に合わせて腹部を押し、咳の誘導を図る
④これを繰り返し行い有効な咳嗽ができるよう援助する
7、咳嗽の看護
咳嗽や痰がみられる疾患の代表は、気管支炎や肺炎などの呼吸器の感染です。気道や肺に炎症がある時に起こるものですね。それ以外にも、肺うっ血・肺水腫・心不全・気管支拡張症・喘息・慢性気管支炎などがあります。まずは情報収集・アセスメントを行い、どのような咳が出ているのかや痰の性状、生活環境などを全体的に把握した上でそれぞれの患者さんに必要な看護計画を立てていきましょう。以下に看護計画の一例をご紹介します。
7−1、目標:効果的な咳嗽及び喀痰が行え、適切な酸素化ができる
■OP
1.バイタルサイン
2.肺雑音・エア入り
3.咳嗽の種類・程度
4.喀痰の有無・性状
5.呼吸状態
6.喘鳴の有無
7.疲労感・頭痛
8.胸痛の有無
9.検査データ(血液・レントゲン)
10.鎮咳薬や去痰薬の使用状況とその効果
11.食事摂取量・水分量
12.睡眠状況
13.排便状況
■TP
1.咳嗽による苦痛や疲労感が強い場合は鎮咳薬を使用する
2.喀痰が困難な場合には去痰剤の投与を行う
3.必要に応じた体位ドレナージ
4.水分摂取を促す
5.食事や水分形態の工夫
6.肺理学療法の実施
7.喀痰喀出が困難な時はネブライザーを使用する
8.酸素吸入
9.セルフケア不足に対する援助
10.安楽な体位の工夫
11.便秘時の腹部マッサージや整腸剤の検討
12.不安を傾聴する
13.環境整備
■EP
1.水分摂取の必要性を説明する
2.腸内ガスの貯留は咳嗽を誘発するため、食事や水分の摂り方についての指導や説明を行う
3.呼吸困難増強時や心配なことがある時はすぐにCallを押してもらうよう説明する
4.安楽な体位の指導
5.乾燥予防のためのマスク着用の説明
まとめ
咳嗽は長引くほど体力低下や食欲低下につながり日常生活を困難なものにさせます。特に高齢者においては、長期の咳嗽による肋骨骨折の危険性もあります。経過観察をきちんとしながら安楽に患者さんが過ごせるよう、苦痛がある時は症状の軽減を図り、ADLの低下や日常生活における活動意欲の低下を予防できるような工夫・援助をしていくことが必要です。