舌根が沈下する現象によって気道が狭窄・閉鎖状態に陥った時は、放置すると呼吸困難やチアノーゼといった深刻な症状を招くため、速やかな対処が要されます。医療看護の現場で舌根沈下発生のリスクを抱える場面は多様にあり、未然に防ぐ方法をとったり、綿密に患者の状態を観察するなど、舌根沈下を意識した看護を続けていくケースも想定されます。ケースごとに考えられる注意点や舌根沈下対処時のポイントなどを、挙げてみましょう。
1、舌根沈下とは
舌根沈下とは、ショックや意識障害などの原因で舌根が沈下し、気道の狭窄や閉鎖が生じることです。舌根沈下が起こると呼吸困難やチアノーゼ、血圧や意識レベルの低下、四肢の冷感などの症状が生じます。近年、居眠り運転による鉄道事故や交通事故のニュースなどで、睡眠中に呼吸停止が起きて深い眠りが得られず、昼間に眠気に襲われる「睡眠時無呼吸症候群」という病気が注目されるようになっていますが、この睡眠時無呼吸症候群の原因の1つとしても、舌根沈下が挙げられます。
出典:睡眠時無呼吸症候群とは 医療法人社団中尾医院荻窪中尾耳鼻咽喉科医院睡眠呼吸センター
2、舌根沈下時の対処法と看護のポイント
患者が舌根沈下を起こした際は、どのように対応し、どのような点に配慮するべきでしょうか。ここではまず、舌根沈下が起こった際の対処法を挙げてみます。そして、対処法を踏まえた上で、看護面でポイントとなる事柄を紹介したいと思います。
■舌根沈下時の対処法
舌根沈下時の対処法としては、気道の確保や口腔内の吐物・異物の除去などの呼吸管理が挙げられます。酸素を十分に供給し、気道内分泌物の吸引や誤嚥防止を図るために気道内挿管をすることも有効な呼吸管理法です。また、循環管理法として、カテコラミン剤の投与も挙げられます。
■看護時のポイント
気道確保を看護の現場で手掛ける際には、肩枕を挿入することがポイントとして挙げられます。また、気道確保を速やかに実行するために、エアウェイを使用する手段もあります。エアウェイを扱う際には操作上の注意点や禁忌事項を心得た上で、頭部を後屈し下顎を挙上させる処置をとりながら、挿入しましょう。
患者のバイタルサインに十分注意することも肝心です。呼吸、脈拍、血圧、意識状態、チアノーゼ、四肢の冷感の有無などをしっかりと観察し、徹底的にチェックしながら対処しましょう。
3、舌根沈下に注意すべきケースと看護のポイント
医療看護の現場で、舌根沈下に遭遇し得る状況は多岐に渡っていると言えます。それぞれの現場で入念に観察をしたり、防止策を講じる必要性が生じるのはもちろんですが、ここからは特に、舌根沈下に注意すべき場面を数件挙げた上で、それぞれの場面ごとの看護面でのポイントを紹介していきたいと思います。
■けいれん発生時
けいれんは脳腫瘍や頭部外傷、脳感染症、てんかんなどの原因で発症します。脳手術を受けた後に発生することもあり、さまざまな医療現場で遭遇する症状と言えますが、この際に舌根沈下や咬舌を防がなければいけません。全身のけいれん発作時には、筋肉の不随意収縮やめまい、頭痛、意識消失などの症状も伴う場合がありますが、まず舌根沈下による呼吸停止を防ぐため、気道の確保が優先されます。
■乳児の術後
成人と比較して、臓器や身体機能が未発達で急激に病状が変化しやすい乳児の術後の看護面については、より注意深い観察力や専門的な情報・知識が要されます。先天性胆道閉鎖症の乳児の術後を例として、手術直後の看護などについて検討した信州大学医学部附属病院看護研究集録掲載の「乳児の術後の看護」によると、乳児は舌が大きいため舌根沈下が起きやすく、噴門部が弛緩して胃内容物が逆流し誤飲する危険性が高いことを指摘しています。呼吸管理・気道確保の面では、乳児の意識が無い時にはコーマポジションや顔を横に向けた体位をとることが示されています。
■上部消化管内視鏡検査を受ける際の鎮静剤投与後
上部消化管内視鏡検査には身体的苦痛が伴うため、苦痛を軽減するために鎮静剤を投与して検査する方法が、多用されています。しかしこの際に、鎮静剤投与後の副作用として舌根沈下や呼吸抑制が発生する危険性も指摘されています。そのため、看護師には検査前・検査中・検査後さらに覚醒時に渡り、綿密に患者の状態管理をすることが求められます。細心の注意を払って患者の状態観察を継続的に実行する必要があります。
■睡眠障害
睡眠時無呼吸症候群については先に触れましたが、精神科看護の場における睡眠障害患者の観察と対応に関する研究においても入眠と無呼吸、覚醒のパターンを繰り返す患者について報告されており、症状には舌根沈下や大きな呼気なども伴われて現れていることが紹介されています。睡眠時の無呼吸状態は太っていて首が短かったり、高齢の患者に多く、睡眠剤を経口で投与されるよりも、注射によって投与される方が陥るケースが多いとのことです。
睡眠時の無呼吸状態を予防する対策として、睡眠薬を経口投与した場合、体動させたり側臥位とすることや、静脈注射をしている場合は肩枕やエアウェイを使用することが挙げられます。それでも舌根沈下が頻発する患者には、綿密な観察が必要となりますが、場合によってはつきっきりでの観察が求められるようにもなりかねません。医師の診断も仰ぎ、現場全体で適切な対処法を検討することも、必要になるかもしれません。
出典:気道管理 KOKEN
■換気障害の患者にとらせる姿勢について
換気障害により強い呼吸困難を起こした患者が発生した場合、呼吸がしやすい姿勢をとらせる処置を施すことがあると想定されますが、姿勢によっては舌根沈下を起こしやすくなるものもあります。例えば仰向き姿勢の場合、楽に呼吸できるという利点がありますが、舌根沈下になりやすく、気道確保が難しくなります。一方、自力での体位交換が難しく、せきが多い時には不向きというデメリットを抱えつつも、うつ伏せ姿勢をとった場合は息を吐くのが楽になるというメリットがあるほか、舌根沈下も起きにくくなります。
まとめ
舌根沈下は多様な状況で幅広い層の患者に起こり得る現象であり、患者の看護や救護、術後ケア、検査時など、舌根沈下の発生を想定して行動しなければいけない場面も多彩に存在すると言えます。具体的な対処法や看護ポイントを心得るだけでなく、患者の特徴やケースごとに考慮しなければいけない注意点を有しているため、場面ごとにより適した看護を施すことも肝心です。そのような看護を実現させるために、どのような患者がどのような状態で舌根沈下を起こすリスクを抱えているのか、といったことを速やかに把握し、そのケースに合わせたより適切なケアができるような、臨機応変な対応を実行していくことが、各現場で求められます。
参考文献
窪田みえ子 他「乳児の術後の看護」1975『信州大学医学部附属病院看護研究集録』
久米和興 他「精神科看護の技術に関する一検討(その3)―睡眠障害の観察と対応―」1991『千葉県立衛生短期大学紀要』