椎弓形成術は、頚椎症性脊髄症の治療法の1つです。まず頚椎症性脊髄症の症状とは、端的に言うと「手先の細かな作業が難しくなる巧緻障害」です。例えば、お箸がうまく使えない、ボタンをかけるのが難しい、歩行の際に足がもつれるなどが挙げられます。これらの主な原因は、加齢により頚椎症(椎間板の膨隆・骨のとげの形成)が変形することで、頚椎の脊柱管を通る脊髄が圧迫されることにあります。そのため、首の後ろにある骨(椎弓)を切開して、脊柱管を広げることで脊髄の圧迫を解消し、神経症状を改善していこうというのが椎弓形成術です。
1、椎弓形成術とは
頸部脊柱狭窄症の治療において、一般的に採用されることの多い手術方法の1つです。椎弓形成術は「脊柱管拡大術」とも言われる手法で、文字通り脊柱管を拡大し、脊髄の圧迫を取り除く手術です。椎弓に切り込みを入れて開き、その空いた隙間に人工骨や自家骨を挿入します。椎弓を開く方法には、椎弓の正中で開く方法(縦割法)と、椎弓の片側だけに切り込みを入れてドアのように開く方法(片開き法)があります。いずれも腹臥位の状態で、両側の項筋を棘突起・椎弓から剥離して、左右に展開します。椎弓形成術の術後は、第5頸椎神経根の傷み(C5麻痺)の出現や血腫形成への注意が必要です。
出典:日本ストライカー(株)
出典:社会医療法人財団 池友会
1―1、椎弓形成術を必要とする主な症状と原因
ここでは椎弓形成術を必要とする主な症状を挙げていきます。
■頚椎症
加齢により、頚椎の椎間板や椎骨が変形することで、脊柱管や椎間孔が狭くなります。その結果、脊髄が圧迫されるものを「頚椎症性脊髄症」、神経根が圧迫されるものを「頚椎症神経根症」と言います。「頚椎症性脊髄症」は、手先の細かい作業が思うようにできなくなる、歩行がぎこちなくなるなど下肢にも症状が出ること、さらには排泄の機能が障害されることもあります。一方、「頚椎症神経根症」では、肩から指先までのしびれや、首の痛みや肩こりなどの症状が出ます。
■後縦靭帯骨化症
脊柱管の中の靭帯が骨化する疾患で、骨化して肥大した靭帯が脊髄や神経根を圧迫することで、手足や体幹に痛みやしびれ、運動障害を引き起こします。
■頚椎椎間板ヘルニア
飛び出した椎間板が脊髄や神経根を圧迫することにより、首の後ろや、腕の痛みやしびれなどの症状を引き起こします。
■発育性脊柱管狭窄症
先天的に椎弓根が短い、椎間関節が大きいなどで脊柱管が狭くなっていきます。
2、主な合併症
ここでは椎弓形成術による主な合併症と看護のポイントについて説明していきます。
■軸性疼痛
首から肩にかけての痛みや、肩こりに似た「重だるい」症状が生じる場合があります。これは首の後ろの筋肉を切ることで、筋肉の血行障害が生じるためです。対処療法としては、湿布やマッサージを行います。
■C5麻痺
除圧された脊髄が後方に移動する際に、第5頚椎神経根が引き伸ばされて痛むことにより、肘の屈曲の力や、腕を挙上する力が弱くなるといった上肢の運動障害が生じることがあります。経過観察をすることで症状が改善されることが多いので、発症時に焦って無理なリハビリをしないことが大事です。看護のポイントとしては、改善までに要する時間は個人差が大きいので、患者それぞれの上肢の動きをこまめに観察することです。
■硬膜外血腫
除圧した隙間に血腫が貯留することで脊髄を圧迫します。この処置が遅れると永続的な頚髄損傷を引き起こします。そのため、看護におけるポイントは「早期発見」が最重要項目となります。主な症状として、四肢の麻痺、しびれや痛みなどがあります。ただ、患者がその症状を訴えた時には既に緊急事態です。その前に、いかに患者の変化に気づくかが重要です。観察ポイントは①ガーゼが血液などで汚染されていないか。②創部の腫脹や圧痛がないか。まず患者自身の様子を細かく観察します。次に、③ドレーンです。ドレーンの排液量が多過ぎないか、閉塞していないかなどを観察します。ドレーンの数字はあくまでも目安です。最も大切なことは、ドレーンの数字にとらわれず、様々な角度から個々の患者さんの様子を観察し、小さな変化を見逃さないことが最大の硬膜外血腫の予防になります。
3、術後の看護過程
術後の合併症予防のために、一番側にいる看護師が注意深く患者さんの観察をすることが重要です。
3―1、術後疼痛の変化
術後の痛みがどのように変化していくのかを観察します。もし、血腫が貯留すれば、激しい痛みが生じます。従って、術後徐々に痛みが軽減しているのなら経過観察でいいのですが、痛みが悪化しているようなら、まず硬膜外血腫を疑います。迅速な処置が求められます。
3―2、バイタルチェック
血圧や心拍数、呼吸が安定しているようであれば問題はありませんが、血圧や心拍数の急激な上昇や、呼吸が乱れて不安定な様子などがあれば、合併症を予測して危機感を持って医師に報告します。
3―3、ドレーンの観察
まずは、①医師の指示通りの全体量や、増加量、色調との違いがないかを観察します。次に②ガーゼの血液による汚染状況を観察します。③創部の腫脹・圧痛がないかを観察します。④閉塞がないかを観察します。
3―4、肩関節周囲の筋力の観察
肩外転障害が生じる場合があります。多くは一過性の筋肉の血行障害によるもので自然治癒しますが、一部には障害が残ることもありますので、肩の動きが何によって障害されているのかを観察します。
3―5、術後の看護過程ポイント
また、術後1日目から3日目には歩行が可能になります。個々の患者さんに合わせての介助が必要になります。たとえば、高齢の患者さんへの対応として、術後の「せん妄」(環境の変化により脳の働きに支障が生じ、興奮して行動に一時的な混乱を起こす)に気をつけます。絶対安静ではなく、適度な体位変換などを促して、夜の自然な安眠に繋げます。
3―6、日常生活動作の自立への介助
ドレーンが抜去されたら、まずは歩行補助器を使っての歩行が可能になります。個々の患者の様子に応じて、平行棒・歩行器・杖・独歩での歩行を介助していきます。大切なのは、段階を経てスムーズな歩行ができるように介助をするのはもちろん、運動による関節や筋肉の痛みが生じることも十分に説明をして、不安を取り除くことも大切です。
まとめ
椎弓形成術においても、術後重大な合併症が引き起こされる可能性があります。それを予防するにあたって、一番重要な役割を担うのが看護師です。なぜなら、患者さんの一番近くにいて、その変化を常に観察できるからです。バイタル、カーゼの汚れ、創部の腫脹、圧痛、ドレーンのトータルの量、時間に対しての流出量、色調など、あらゆる角度から患者さんを観察します。その中で、些細な変化をも見逃さずに危機感を持って医師に報告することが大切です。なぜなら、小さな変化の見落としが、瞬く間に頚髄損傷などに達してしまう可能性があるからです。異常の早期発見・適切な処置が患者さんの予後に大きく影響します。そのことを常に肝に銘じて、看護観察をすることが大切です。