麻酔と言うと、手術の際に用いられる全身麻酔をイメージする方が多いかもしれませんが、麻酔の方法は全身麻酔と局所麻酔に大別されます。
局所麻酔は意識を保ったまま無痛を得る方法で、表面麻酔や浸潤麻酔、伝達麻酔などがあり、手術の方法や治療内容により使い分けられます。
ここでは局所麻酔に分類される「伝達麻酔」にスポットをあてて説明していきます。
1、伝達麻酔とは
伝達麻酔とは、末梢神経やその周辺に局所麻酔薬を注射して、その神経の支配領域を麻痺させることにより、痛みを感じる経路を遮断する方法を言います。末梢神経ブロックとも呼ばれ、手術時の麻酔だけでなく、痛みの治療にも広く用いられます。
超音波エコーで目的とする神経を確認しながら針を進めていき、目的神経に針が到達したら局所麻酔薬を注入します。術後鎮痛を目的とする場合は、カテーテルを留置し持続的に局所麻酔を注入し疼痛管理を行います。
伝達麻酔終了後も、麻酔薬が効いている部分のしびれが残り、持続的に疼痛管理を行っている場合は、しびれが続くことがあります。
また、全身麻酔を併用する場合や、効果不十分の場合は途中で全身麻酔に切り替える必要がある場合もあります。
2、伝達麻酔の種類
伝達麻酔には様々な種類がありますが、ここでは①肋間神経ブロック②閉鎖神経ブロック③腕神経叢ブロック④肩甲上神経ブロック⑤大腿神経ブロック⑥坐骨神経ブロックについて説明します。
1)肋間神経ブロック
肋間神経ブロックとは、肋間神経に局所麻酔薬や神経破壊薬を注入し、胸腹部や背部に生じる肋間神経由来の痛みを緩和する方法です。
胃瘻、腸瘻の造設や、腹腔ドレナージ、腹壁の手術等、短時間の小手術に用いられるほか、帯状疱疹後神経痛や肋骨骨折などの外傷性疼痛、肺癌による癌性疼痛などの疾患で使用されます。また、開胸手術後の鎮痛方法としての有効性も確認されています。
カテーテルを一時的に留置して行う持続性肋間神経ブロックは、合併症として穿刺部からの出血や感染のほかに、気胸や局所麻酔中毒、血管損傷、低血圧などが挙げられます。また眼とその周辺の交感神経が麻痺し、眼球陥凹や縮瞳、眼瞼下垂などの症状を呈するホルネル症候群や、肋間神経麻痺による呼吸障害を引き起こす可能性があります。
2)閉鎖神経ブロック
閉鎖神経ブロックとは、閉鎖神経が支配する大腿内側や股関節の痛みをとるために行われる方法で、前立腺や膀胱腫瘍に対するTUR(経尿道的切除術)の際に用いられています。TURでは電気刺激が閉鎖神経を刺激するため下肢の内転が起こり、手術が困難な状態となるため、このトラブルを防ぐために閉鎖神経ブロックを行います。また、膝関節手術の鎮痛補助として使用される場合もあります。
閉鎖神経ブロックでは、神経損傷や血腫などの合併症を引き起こす可能性があります。
3)腕神経叢ブロック
腕神経叢ブロックとは、頸椎から出た脊髄神経が腕神経叢を形成する部位に、局所麻酔薬を注入する方法で「角斜筋アプローチ」「鎖骨上アプローチ」「鎖骨下アプローチ」「腋窩アプローチ」などの方法があります。
■角斜筋アプローチ
神経根から神経幹に至る部分をターゲットとしていて、より中枢に近く鎮痛効果が得られやすい半面、合併症を生じる可能性が高いため、十分に安全性に注意する必要があります。
■鎖骨上アプローチ
神経幹から神経幹枝にかけてをターゲットとしています。腕神経叢が最も集まっている部位でもあるため、早い効果が期待できますが、胸腔穿刺のリスクがあります。
■鎖骨下アプローチ
神経束から分岐した末梢の終末枝をターゲットとしています。平易で合併症も少ないため良く使用される方法です。
4)肩甲上神経ブロック
肩甲上神経ブロックとは、肩甲上神経周囲に局所麻酔薬を注入し、肩関節やその周囲の痛みを緩和する方法です。肩関節周囲炎や頸肩腕症候群、頸椎椎間板ヘルニアなどの疾患で使用されるほか、診断やリハビリの補助目的として用いられることもあります。
気胸や神経損傷が生じやすく、他のブロック方法と同様、局所麻酔中毒や血腫などの合併症にも注意が必要です。
5)大腿神経ブロック
大腿神経ブロックとは、局所麻酔により大腿の神経を遮断する方法で、大腿骨骨幹部、遠位部骨折、膝蓋骨骨折など下肢遠位部の骨折手術や変形性膝関節症に用いられます。カテーテルを留置し持続的にブロックすることも可能です。
6)坐骨神経ブロック
坐骨神経は人体で最長の神経で、その長い走行に沿って多くの方法がありますが、「傍仙骨アプローチ」「臀下部アプローチ」「前方アプローチ」「膝窩アプローチ」が代表的です。
■傍仙骨アプローチ
傍仙骨アプローチは最も中枢で行うブロックで、坐骨神経のほかに後大腿皮神経、上殿神経、下殿神経などの仙骨神経叢由来の終末枝も同時にブロックされます。大腿後面をブロックする際に用いられます。
■殿下部アプローチ
殿下部アプローチは、主に膝から下の手術に用いられ、大腿神経ブロックと併用される場合もあります。傍仙骨アプローチが行われるようになったことや、膝窩アプローチの方が容易で確実であることから、使用頻度は少なくなってきています。
■前方アプローチ
前方アプローチは、主に膝から下の手術に対し使用されますが、仰臥位で行うことが可能なため、特に側臥位が取りにくい患者に適している方法です。深部の神経をターゲットとするため超音波下で行われます。
■膝窩アプローチ
膝窩アプローチは坐骨神経の中で最も浅い部位でのブロックで、さまざまな体位で実施することが可能です。安全で確実なブロックが行えるため、坐骨神経ブロックを行う場合の第一選択となります。殿下部アプローチ、前方アプローチ同様、膝から下の手術の際に用いられます。
3、伝達麻酔のメリットとデメリット
伝達麻酔は患者の意識がある状態で行われ、局所麻酔薬を使用するため、全身への影響が少なく、呼吸や循環が安定した状態を保持することができます。
全身麻酔に比べると安全性も高く、術後の回復も速やかで、手術への身体的・精神的ストレスが少ないことがメリットと言えるでしょう。また、在院日数が短くなることにより、医療費の負担も軽減されます。
一方、デメリットとして全身麻酔よりも手技が難しいものが多く、熟練した技術が必要となります。また、開胸手術には適していません。全身麻酔に比べて安全性が高いものの、神経損傷や低血圧などの合併症を引き起こす可能性があるため注意が必要となります。
4、伝達麻酔の看護のポイント
伝達麻酔は患者の意識がある状態で行われます。全身麻酔に比べ、侵襲性が低く副作用や合併症が少ないとはいえ、意識がある中での手術や処置は患者に非常に大きな不安を与えます。患者の不安を最小限にとどめ、安心して伝達麻酔を受けられるよう援助していくことが大切です。また、術後時間が経過してから合併症が出現する可能性もあるため、術中だけでなく術後においても、継続して合併症や副作用の出現に注意し観察していく必要があります。
まとめ
伝達麻酔には様々な種類がありますが、全身麻酔に比べて安全性が高く、身体的な負担も少ないというメリットがあります。しかし、副作用や合併症がないというわけではありません。まれに神経損傷などの重篤な合併症を引き起こす可能性こともあります。
術中はもちろん、術後においても継続的な観察や声かけを行い、合併症の早期発見に努めましょう。また、患者は大きな不安を抱いています。術前より、しっかりとメンタルケアを行い、精神的ストレスの軽減を図ることが大切です。