「食べる」ことは生命維持や健康の維持、増進に必要不可欠です。食べることで生きることに必要なエネルギーを確保するとともに、食べることにより楽しみや満足感を得ることができます。普段の生活では口から食べることは当たり前のことですが、病気により口からの摂取が困難になったり、うまく食べられなくなる場合があります。
ここでは、生命の維持に必要な食事に大きく影響を及ぼす可能性のある嚥下障害について説明します。
1、嚥下障害とは
嚥下とは、食べ物や飲み物を飲み込み、胃に送る運動のことを言います。嚥下は、咀嚼により食塊を形成し口腔から咽頭に送りこむ「口腔期」と、食塊を嚥下反射により食道まで送り込む「咽頭期」、食塊を食道の蠕動運動により胃へと移送する「食道期」に分けられます。
嚥下には口腔、咽頭、喉頭、食道、喉頭蓋など様々な器官が関わっていますが、このいずれかが障害を受けると嚥下が円滑に行われなくなります。これを嚥下障害と言い、むせる、つかえる、飲み込めないなどの症状を呈し、食事に時間がかかったり、口腔内に食べ物が残りやすくなったりすることがあります。
2、嚥下障害の原因
嚥下障害は子供から高齢者まで幅広い年齢層で見られ、原因は大きく「器質的要因」「機能的要因」「心理的要因」の3つに分けられます。
■器質的要因
先天的な異常や腫瘍、炎症、加齢に伴う器質的変化(義歯)など、口腔内や咽頭、食道の構造自体が障害されることにより、食べ物がうまく通過できなくなります。
■機能的要因
構造自体には異常がなく、それを支配する筋肉や神経に障害があると、咀嚼や飲み込みができなくなることがあります。脳血管障害による嚥下障害は頻度として多く見られます。その他、神経筋疾患や加齢による筋力、筋緊張の低下が原因となる場合があります。
■心理的要因
摂食障害や認知症、うつ病などで食欲に関わる機能が障害された場合にも嚥下障害が引き起こされる場合があります。精神疾患患者には嚥下障害が多くみられる傾向があり、誤嚥による窒息事故を起こす頻度も高いとされています。
3、嚥下障害の検査方法と治療法
嚥下障害自体は病気ではなく、原因となる疾患や異常によって出現する症状です。まずは患者の病歴や基礎疾患の有無などを把握することが大切です。また、基礎疾患がはっきりとしないケースもあるため、あらゆる角度から情報収集を行い、総合的に判断していくことが重要となります。
3-1、嚥下障害の検査方法
嚥下障害のスクリーニングテストとして、座位で30秒間に3回以上の空嚥下ができるかを確認する「反復唾液嚥下テスト法(RSST)」や、座位で30mlの水を1回でむせなく5秒以内に飲めるかを確認する「水飲みテスト」があります。
嚥下障害が疑われた場合は、さらに嚥下造影検査や内視鏡検査などが行われます。
3-2、嚥下障害の治療法
嚥下障害の原因となる疾患がある場合は、疾患の治療を優先的に行います。嚥下障害の程度や状態によっては、嚥下訓練が必要となる場合があります。
嚥下訓練には、体操やマッサージ、発声訓練などの間接的嚥下訓練と、食事を使い、食事の形状(ゼリー、ペースト、ミキサーなど)を変化させ、量や回数を調整していく直接的嚥下訓練があります。
嚥下に対する訓練を行っても改善が見られない場合は、咽頭挙上術や輪状咽頭切除術、誤嚥防止のための手術などが検討される場合もあります。
4、嚥下障害の問題点
嚥下障害が起こると①低栄養や脱水症②誤嚥性肺炎、窒息③口腔内汚染、感染④QOLの低下などを引き起こす可能性があります。
①低栄養、脱水症
食物をうまく摂取できないため、栄養バランスが崩れやすくなり、十分な栄養が摂取されない状態が続くと低栄養状態になることがあります。また、むせやすくなるため、無意識に食事や飲み物の摂取量が減り、脱水症を引き起こす場合もあります。
②誤嚥性肺炎、窒息
誤嚥により、食べ物や飲み物、唾液が気管や肺に入ってしまい、肺炎を引き起こすことを誤嚥性肺炎と言います。誤嚥性肺炎では発熱や膿性痰、肺雑音や呼吸苦などの症状が出現します。誤嚥により、食塊などが食道を塞いでしまうと窒息を引き起こし、生命の危機に陥る可能性もあります。
③口腔内汚染、感染
食物が口腔内に停滞しやすくなるため、口腔内が不潔になりやすい環境となります。不潔な状態が続くと細菌が繁殖し、感染を引き起こす可能性があります。
④QOLの低下
食事をうまく食べられないことにより、食べる気力が低下し、食べる楽しみを失ってしまう場合があります。自分で食事ができなくなった場合は、鼻や胃ろうからの経管栄養に切り替えなければならないこともあり、QOLに影響を与える場合があります。
5、嚥下障害のある患者の看護目標と看護計画
嚥下障害のある患者における看護の目標は「誤嚥による合併症を起こさないこと」、また「確実に安全で楽しく食事ができ、栄養状態を保持できること」、さらに「口腔内の清潔を保ち、感染を予防することができること」です。
以下のO-P、観察項目)、T-P(ケア項目)、E-P(教育と指導項目)を参考に、できる限り口からの食事ができるよう、個々の患者に合わせた看護計画を立案し必要な援助を提供していくことが重要となります。
■OP(観察項目)
・バイタルサイン(血圧、脈拍、体温、SPO2)
・体重
・呼吸状態(肺雑、喘鳴、呼吸数、痰の量や性状)
・チアノーゼの有無(顔色、四肢冷感)
・意識レベル
・食事、水分摂取量、咀嚼の状態
・嚥下障害の症状(むせ、咳込み、嗄声など)の有無
・口腔内貯留物の有無
・食事に対する不安や意欲、食欲の有無
・嘔気、嘔吐の有無
・臨床検査(低栄養状態や感染の有無)
・胸部X線など
■TP(ケア項目)
・正しい姿勢をとる
・痰が貯留している場合は喀痰させるか、吸引により痰を除去する
・意識がしっかりしているか、覚醒しているかを確認する
・適切な食事の種類を選択する(とろみをつける等の工夫をする)
・食事に集中できるよう環境を整える
・吸引器を準備しておく
・食事介助の際は、食べる量や速さに注意しゆっくり介助する
・口腔内を清潔にする
・必要時、言語療法士による嚥下訓練を依頼する
■EP(教育・指導項目)
・とろみをつけたり、半固形のものを選択するなど、食事の内容を工夫するよう指導する
・一口の量は少なめにし、ゆっくりと摂取するよう指導する
・口腔内を清潔に保つよう指導する
まとめ
「食べる」ことは人間の基本的欲求のひとつです。加齢や疾患により、嚥下機能が低下した場合でも、食事の内容や食べ方を工夫することによって、安全で楽しく食事ができるよう援助することが大切です。誤嚥や感染など合併症を引き起こさないよう注意し援助していきましょう。
場合によっては、嚥下訓練を行うなど言語療法士との連携が必要となります。患者の状態を把握し、患者のペースに合わせて、言語療法士と協力しながらゆっくりと訓練を進めていきましょう。
食事は生きることや生命の質に直接的な影響を与える可能性があります。個々の患者の状態に合わせた適切な方法を選択し、患者のQOL向上を目指した看護が提供できるよう心がけましょう。