看護者にとっての歩行介助は、「目的の場所まで安全に安楽に移動することを介助する」と定義づけられます。しかし実のところ、だれにとっての「目的の場所」でだれにとって「安心、安楽」なのでしょうか。
ここでは看護される側を「患者さん」、介助する側を「介助者」として、歩行介助の目的と技術などについて検討したいと思います。
1、歩行介助とは
歩行介助とは、文字通り、歩行の介助を行うこと。つまり、自力で歩行することがままならない患者さんの歩行運動をサポートすることを示します。主たる目的は歩行移動中の転倒防止です。
具体的には病床から歩いてトイレや洗面所、あるいは検査室へ移動したり、リハビリを目的とした自力歩行復帰への介助作業として、看護師や作業療法士(OT)には、患者さんが転倒することなく移動することができるよう、安全で正確な介助技術が求められます。
2、歩行介助が必要となる原因は
患者さんが歩行困難になる原因はさまざまです。事故や外科的な疾患でそれまで正常に歩けていた人が歩行困難になることもあれば、高齢により足腰が弱くなり、介助無しで歩くことができなくなった場合もあります。特に高齢者の場合は、移動に伴う転倒により、骨折などを招き、寝たきりになってしまうケースも少なくありません。
患者さんがどうして歩行困難になったかを理解することは、介助の方法を探る一助にもつながります。介助法にはいくつかありますので、介助を受ける患者さんに合った“安全・安心・安楽な介助”を目指しましょう。
3、歩行介助の種類
歩行介助には単純に杖や歩行器など、歩行での移動をしやすくする器具を使用する場合と、使用しない場合があります。器具を使用した移動でも、階段など介助者がいなければ不可能な場合も考えられますので、ここではまず歩行介助の種類について、みていきましょう。
3-1、手引き歩行介助
手引き歩行介助とは、介助者と患者さんが向かい合って立ち、両手を繋いで介助者が後ろ向きに歩く方法です。両手引き歩行介助、手歩き歩行介助ともいいます。移動する距離が短い場合や、転倒の危険性が高い場合に有効な歩行介助法です。
介助者は患者さんの表情をつぶさに観察することができますし、互いに手を握り合っているので、お互いに安心感が生まれます。手に力がない患者さんや、歩くことに消極的な患者さんについては、肘を支えると効率よく介助することができます。
手引き介助は、患者さんが安全に歩くために、介護器具が必要かどうかを判断する基準として行う場合もあります。患者さんの全身状態の把握や、リハビリに対する患者さんの心構えを聞くことも今後のリハビリ計画に大きく関わってくるので、手引き歩行介助の際に把握しておくとよいでしょう。
患者さんの歩く姿勢や歩幅をしっかりと観察し、介助者は患者さんの歩行リズムやペースに合わせて、ゆっくりと歩く事が大切。さらに歩行面や歩行環境の状況を言葉で丁寧に説明してあげることも患者さんの安心感につながります。
手引き歩行介助の場合、介助者は後ろ向きで歩くようになるため、患者さんの状態のほか、自分の足元や背後も含め十分な注意が必要になってきます。
3-2、寄り添いながらの歩行介助
杖や歩行器などの器具を使用せず、介助者が患者さんの横に立ち、寄り添うかたちで行う歩行介助法です。この場合、患者さんの身体麻痺がないことを前提に行います。
介助者は患者さんの左側に立ち、患者さんの左脇下に右手を差し入れ、左手で患者さんの右手首を軽く握り、支えます。患者さんの体をホールドした感じで姿勢が安定したら、患者さんの歩行リズムや歩幅、ペースに合わせてゆっくりと歩きます。
寄り添いながらの歩行介助の良い点は、介助者・患者さんともに進行方向を向いているため、障害物を事前に確認し、それを回避できる点にあります。
また、患者さん自身も自力歩行における身体のバランスが取りやすく、介助者も患者さんをホールドしていることで患者さんの身体バランスを把握しやすいということがあり、歩行中にバランスを崩しても即座に支えることができます。
3-3、杖を使用している場合の歩行介助
事故などで単純に片足を骨折するなど、もう片方の足で立つことが可能な場合に補助器具として杖を使うことができます。
また、高齢になると脚の筋力が衰え、力が入らなくなったり、立った姿勢を維持することができないなど、さまざまな障害が出てきます。その中には1人では歩くことができなくても、杖を使用し、介助があれば歩ける患者さんもいます。
杖にもT字杖や四脚杖、ロフストランドクラッチ、ステッキなど身体状況に合わせて種類はさまざま。しかしながら、杖を使用している患者さんの歩行介助は、基本的に同じになります。この場合、介助者は患者さんが杖を持つ側とは逆側に立ち、視線は患者さんと同じ進行方向を向いて、患者さんの脇下に手を差し入れ、手首を軽く握りながら、被介護者の身体を支えます。
介助者は、患者さんの歩行リズムや歩幅、ペースに合わせて、患者さんと同じ様に脚を踏み出すことが大切。
また、介助者の脚で患者さんがつまずかないように、患者さんの踏み出した後に脚を出すと良いでしょう。
3-4、片麻痺のある場合の歩行介助
脳血管障害などにより、脳の“運動をつかさどる部分”などが損傷し、身体の片側半分を動かすことができない症状を片麻痺といいます。片麻痺のある患者さんに対する歩行介助は、3-3で述べた杖を使用している場合の歩行介助に通じる点があります。
患者さんの麻痺のない側(健側といいます)で杖または手摺などを持たせ、介助者は麻痺のある側に立ちます。さらに手を患者さんの腰に置き、身体を支えます。この時、患者さんの衣類を掴まないようにします。患者さんがバランスを崩したとき、身体を支えきれず転倒する恐れがあるからです。
片麻痺のある場合の歩行介助は、患者さんの健側に重心が傾き過ぎないように注意する事が大切です。できるだけバランス良く歩行移動できるように配慮する必要があります。
麻痺がある場合は、転倒の危険性も増します。患者さんの身体状況も他の歩行介助と比較して深刻になっていますので、患者さんにとって安心・安全・安楽な歩行をいっそう心掛けましょう。
4、歩行介助を行う場合の注意点
歩行介助中に患者さんが転倒しそうになった場合、介助者はそれを防止しなければなりません。しかし、転倒は突発的に起こる事が多いため、防ぐことが非常に難しいという側面があります。
転倒は骨折につながることが多く、患者さんによっては寝たきりになる場合があります。転倒による骨折を防ぐため、歩行介助中にバランスを崩し転倒した場合、無理に腕を引っ張って転倒を防止するのでは無く、介助者が身体全体で患者さんを受け止め、安全に”着地”させ、骨折から患者さんを守る方法を取りましょう。
そのために、歩行介助中、介助者はできるだけ重心を低くし、患者さんとの距離を近くします。また、患者さんの重心をできる限り移動方向に持って行くように支えるとよいでしょう。
転倒はとっさの出来事で対処しづらい点もありますが、日頃から歩行の様子を良く観察し、歩行中は目を離さないことが大切です。特に足元がおぼつかない患者さんの場合は、介助者は片手を患者さんの腰に添え、とっさの場合にいつでも支えられるよう、準備をしておくことが大切です。
5、安全に行う歩行介助のポイント
歩行介助は、患者さんの歩行動作からの転倒を防ぐだけではなく、患者さん自身の“歩ける!”という自尊心や自立心を高め、これからの生活の質を高めることも兼ね備えています。介助者はいずれの歩行介助時であろうと、患者さんに対して十分な観察と配慮が必要となります。
転倒を一度でも経験してしまうと、その恐怖心から歩行への意欲や興味を一挙に失ってしまい、自律して歩こうとすることから遠のいてしまいます。介助者は常に患者さんが安心して歩行できるように介助しなくてはなりません。そのためにも、次に挙げるチェックリストを参考に、歩行介助の見極めとして活用するとよいでしょう。
・ 患者さんに歩く意志があるのかを確認→歩く意志の無い場合は無理に歩かせない。
・ 歩行する進行方向に障害物が無いかをしっかりと確認→障害物は撤去する。 ・ 片麻痺がある患者さんの場合、麻痺側から支える→健側に重心が掛かりすぎないようにする。 ・ 一歩ずつ、患者さんのペースに合わせながら歩行する→介助者が主導して歩かない。 ・ 患者さんの身体を支える場合、力を入れ過ぎない→患者さんが介助に依存しないようにする。 ・ 患者さんの歩く姿勢を観察し、腰が引けている場合には無理に歩かせない→まずは立姿勢を整え、体のバランスをとるようにする。 ・ 歩行時は靴や履き物にも配慮して、歩きやすいものにする→滑りやすい履物、サイズに合っていない履物は、転倒の危険がある。 ・ 移動距離や通路の状況によって、介助の方法を変える→安全・安楽に移動できる方法を臨機応変に考える。 |
あくまでも介助であることを忘れず、介助者に全面的に体を預けるなどの様子が患者さんにうかがえた場合は、歩く意志がないということで歩行介助はやめた方がよいでしょう。
まとめ
過度の介助は患者さんの自立心を阻害すると考えられており、高齢者の場合はそれが生活全体に顕著に現れることがあります。あくまでもリハビリや自立心を阻害することのないようにしましょう。患者さん一人一人の心身の状態に気を配ることこそ、看護師の歩行介助といえるのです。