災害の多い日本において、被災地での看護活動の必要性はますます高まっています。しかしながら、災害が発生した直後の被災地は特に混乱した状況下であるため、単に“被災者のために看護活動をしたい!”という気持ちだけでは成り立たないのが現状です。
それゆえ、災害現場において迅速かつ適切に看護活動を行えるよう、災害看護に関する深い知識を身につけてください。ここでは、災害看護の基礎情報や看護のポイントなど詳しく説明していますので、ぜひ参考にしてください。
1、災害看護とは
災害看護とは、「自然災害」、「人為的災害」、「特殊災害」など、短時間に局所的に発生した被災地域に赴き、被災者の手当や二次災害の防止など、被災地域・被災者に必要な医療処置および看護を提供することを指します。
自然災害 | 地震、津波、火山爆発、疫病など |
人為災害 | テロ、内乱、事故、大型交通事故など |
特殊災害 | 政治的要因による騒動、人道的緊急事態など |
テロや内乱などは国内でほとんど発生していないものの、日本は自然災害の多い国であり、さらに経済は発展に伴って、都市化や人口の過密化など、災害が起こる要因は昔以上に増加しているため、近年は特に、災害看護の必要性が高まっています。
2、災害における看護師の役割
被災地において救助・看護活動を行う看護師を「災害支援ナース」と言いますが、単に医療手当を行うだけでなく、下表のようにさまざまな支援活動も同時に行います。
なお、活動には大きく分けて「急性期」「亜急性期」「慢性期」「静穏期」の4つの過程があり、それぞれで活動内容が異なります。災害支援ナースは長期的に被災者の援助を行うという点で、救命救急士などとは活動内容が異なります。
急性期
(発生~3日) |
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亜急性期
(1~6か月) |
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慢性期
(2~3年) |
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静穏期
(3年以降) |
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3、災害看護の7つのポイント
被災地というのは、人が入り乱れることが多く、二次災害や二次被害が懸念されるため、迅速かつ適切に行動しなければいけません。そこで、混乱した状況の中でより多くの被災者・傷病者を救済するための災害マニュアル(初動手順)が存在します。
これをCSCATTT(スキャット)と言い、被災地域はもちろん、病院など医療施設での勤務中に地震など災害が起こった場合にも活用できるため、すべての看護師が知っておくべきマニュアルです。
組織体制 | Command&Control
(指揮命令・統制) |
混乱した状況下で、警察・消防・自衛隊・医療関係者の組織間の連携が円滑に行えるよう、指揮命令系統を確立する。 |
Safety
(安全) |
Self(自分自身)、Scene(現場)、Survivor(スタッフ・患者・面会者)の安全を確保する。
医療従事者が安全に活動できないと判断される場合には、責任者への通達、現場からの退避、安全が確保されるまでの避難の原則に従う。 |
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Communication
(意思疎通・情報収集/伝達) |
TV、ラジオ、優先携帯電話、衛星電話などで現状を把握するとともに、医療組織内や警察・消防などと情報の交換を行う。
その際には、「発信者」「災害の内容」「場所」「災害の種類」「障害」「到達経路」「死者数」などの情報を伝えること。 |
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Assessment
(評価・判断) |
病院の状況(施設・負傷者・危険箇所・崩壊箇所など)や、被災地の状況(負傷者・危険地域など)、患者の受け入れの可否を判断する。 | |
医療支援 | Triage
(トリアージ) |
災害現場、病院来院時、広域搬送時における被災者のトリアージを行い、治療の優先度や搬送の順番を決定する。 |
Treatment
(治療) |
トリアージで緊急度の高い被災者から傷病に見合った適切な治療を行う。 | |
Transport
(搬送) |
人材・器具の在庫・ライフラインの状況など、病院の状況を考慮し、後方搬送・広域搬送を行う。 |
4、トリアージの必要性
CSCATTTの中で、Triage(トリアージ)という言葉が出てきましたが、トリアージというのは生存者をいかに優先的に救出・救助するか、つまり混乱の状況下で効率的かつ効果的に救済するためのシステムのことです。
混乱した状況下では、一刻の猶予も許されず、迅速かつ的確な判断を強いられるため、CWAPと呼ばれる原則に従い、子供(Children)、女性(Women)、Aged(高齢者)、Patient(病人・障害者、)を優先して救出・救助・搬送を行います。
なお、トリアージを行う際、「赤色」、「黄色」、「緑色」、「黒色」の4色のタグを用い、被災者の重症度を視覚的に判断します。
赤色 | 第一優先群(即時) | 直ちに救命処置が必要な傷病者
例:ショック・気胸など |
黄色 | 第二優先群(緊急) | 2~4時間以内に治療を要する傷病者
例:バイタルサインの安定した外傷 |
緑色 | 第三優先群(猶予) | 保留、救急搬送が不要な傷病者
例:局所の損傷 |
黒色 | 第四優先群(待機) | 死亡している者、または救命不能な絶望的状態にある傷病者 |
このように、トリアージは救助の優先順位をつけることで、迅速に多くの被災者・傷病者を救助することが可能となります。トリアージは人命救助において必要不可欠なシステムであるため、常に頭に留めておきましょう。
なお、トリアージは災害看護だけでなく、救急看護においても非常に重要なシステムであるため、必ず覚えておきましょう。
5、主な支援活動の内容
災害支援ナースは主に、避難所・救護所にて、医療の提供はもちろん、精神的ケアや生活支援など、実にさまざまな看護活動を行います。以下に、避難所・救護所における主な支援活動の内容を列挙します。
■避難所
生活環境への援助 |
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食生活への援助 |
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保清・排泄への援助 |
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睡眠・プライバシーの確保に対する援助 |
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活動に対する援助 |
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精神面への援助 |
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健康管理 |
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他職種、現地スタッフとの連携した活動 |
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二次災害への対応 |
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■救護所
環境整備 |
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医療の提供 |
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伝達・記録 |
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調査 |
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6、PTSDの看護
PTSDは「心的外傷ストレス障害」とも呼ばれ、災害や人質、家庭内暴力など、さまざまな要因により発症する障害です。災害による要因の場合の多くは、災害直後(急性期)に「生命危機ストレス」が大きくのしかかり、亜急性期に「生活危機ストレス」や「復興格差ストレス」というように、主に急性期~亜急性期にかけて発症し、時間の経過とともにストレスの種類が変化していきます。
PTSDに陥ると、完治が困難で、「認知療法」「薬物療法」「EMDR療法」などを用いて長期的な治療を必要とするため、急性期~亜急性期にかけては特に、PTSDに陥らないよう、献身的に被災者の心の救済に取り組まなければいけません。
6-1、PTSDの定義
被災者のほとんどは災害におけるストレスにより、抑うつや情緒不安など、何かしらの精神症状が現れますが、これらは数日~数週間程度で治まります(急性ストレス障害)。それに対して、生活に支障を及ぼすほどの重い精神症状が1か月以上続く場合にPTSDと診断されます。
なお、PTSDは以下の3つの症状により判別します。
①過覚醒症状・不安状態
災害を経験したトラウマにより、急に怒る、情緒不安定になる、集中力が欠けるなどの症状に加え、不安による不眠状態が継続します。また、持続的に興奮状態が続き、恐怖から常にびくびく怯えるようになることがあります。
②トラウマ関連の回避行動
人間の脳は、強い恐怖や不安を感じると、脳機能の一部を麻痺させることで、一時的に現状に適応させようと働きます。これにより、感情が麻痺し、幸福感や興味・関心が減退します。特に子供の場合は、脳機能の働きが弱く、トラウマの感覚や映像が心に取り込まれやすいため、喜怒哀楽など感情が表に出なくなります。
③トラウマに関するフラッシュバック
自分の気持ちの中で災害におけるトラウマ体験の整理がつかず、自分の意思に反して災害の状況や映像が頭の中に浮かび上がり、再度トラウマが起こっているような追体験をします。これにより、交感神経が過剰に活動し、悪夢を見る、身体が反応して動悸が起こる、吐き気がする、呼吸が苦しくなど、筋肉が硬直するなどの症状が出現します。
6-2、PTSDに対する心のケア
PTSDは主に急性期~亜急性期にかけて起こる精神障害ですが、人によっては亜急性期や慢性期に急に発症することがあります。それゆえ、長期的な予防的ケアが必要になります。
■急性期(災害発生~3日)
急性期は災害のショック度が非常に大きく、緊張状態が続くことで心身の状態が不安定になっています。それに伴い、安らかなに休息することができず、身体的・精神的な疲労が蓄積することで、PTSDをより発症しやすくなります。ゆえに、まずは心身ともに十分に休息できる環境を提供し、すでに危機回避ができている旨を優しく伝えるなど、精神的な安心を与えてあげることが大切です。
■亜急性期(1~6か月)以降
亜急性期に入っても精神状態が不安定な場合には、突如としてPTSDを発症することがあります。また、時の経過に伴い、被災地の外では災害に対する関心が薄くなり、被災者は孤立しているような錯覚を覚え、それに対してイライラや悲しみといった感情が出現します。この時期には、寄り添ってくれる存在が必要不可欠であるため、被災者の立場に立って献身的に、親身になって傾聴してあげることが何より大切です。
7、災害看護における必要な能力
被災地において、傷病者を救助するためには迅速かつ適切に看護を行えるだけの技術、豊富な臨床経験を有していることは当然として、「体力・精神力」、「判断力」、「コミュニケーション力」、「安全に対する自己管理力」など、さまざまな能力を必要とします。
ゆえに、特に災害発生直後においては、“被災者の役に立ちたい!”という気持ちだけでは、かえって足手まといになってしまう可能性があります。災害支援ナースとして被災者に適切な看護を提供できるよう、自己研鑽していきましょう。
①体力・精神力
被災地には時に多くの傷病者がおり、短時間の間に多くの人命を救助しなければいけません。それゆえ、機敏に動けるだけの体力はもちろんのこと、死に向き合う精神力、どのような状況下でも折れることない気持ちを常に持っておかなければいけません。
②判断力
混乱が生じた際、適切な判断ができなければ、多くの人命を救助することができません。トリアージのような原則に準ずるのはもちろん、混乱した状況下では、マニュアルが通用しない場合も多いため、その場その場に適した行動を決定する判断力が必要不可欠です。
③コミュニケーション力
被災者の多くはパニック状態に陥ることがあり、また、トラウマが原因でストレスが大きくのしかかり、PTSDなどの精神障害に発展することがあります。看護師は、災害直後から長期的に被災者のケアにあたるため、被災者を心に安らぎを与えるような、安心に導くコミュニケーション力も不可欠です。
④安全に対する自己管理力
災害の中でも特に自然災害においては、2次災害の発生を常に頭に入れておかなければいけません。傷病者を救助するのが災害看護の第一目的ですが、救助する本人が危険に晒されてしまえば元も子もありません。混乱の状況下でも危険をすぐに察知し、少しでも危険を感じればその場からすぐに退避できる対応力に加え、傷病者の救済を延期する“覚悟”も持っておく必要があります。
8、災害支援ナースになるには
被災地において被災者の看護を行う災害支援ナースになるためには、以下に挙げる3つの登録要件を満たしておかなければいけません。
≪登録要件≫
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また、帰還後には都道府県看護協会が主催する報告会・交流会に参加することが義務づけられています。なお、災害支援ナースの登録は都道府県看護協会で行うため、登録要件の詳細は各看護協会に準じてください。
8-1、研修の受講
上記の登録要件をクリアしていれば、次に災害支援ナースの養成研修の基礎編と実務編をそれぞれ1日または2日間、受講する必要があります。
研修の内容や受講料などは、各都道府県の看護協会によって若干の差異はありますが、おおむね以下のようになっています。
目的 | 内容 | 受講料 | |
基礎編 | 「災害医療と看護」の基礎編と位置づけ、災害支援活動に必要な災害医療と看護の基礎知識および災害発生時から長期的支援について学ぶ | 災害医療の基礎知識、災害サイクルに応じた看護、災害支援活動に必要なこころのケア、災害支援活動における各看護協会の取り組み | 会員6000円
非会員9000円 |
実務編 | 災害医療及び看護に必要な基礎的事項を理解するとともに、災害看護に必要な知識・技術を習得し実践できる能力を養う | 災害支援ナースの役割・機能、活動の実際、医療救護、災害救護に必要な業務、演習 | 会員3000円
非会員6000円 |
8-2、必要書類を郵送する
登録要件をクリアし、指定の研修を受講した後、必要書類(登録票など)を居住地または職場のある都道府県の看護協会に郵送します。受理されると、晴れて災害支援ナースとして働くことができます。
なお、主要4都道府県(東京都・愛知県・大阪府・福岡県)の各看護協会の登録票は以下のページからダウンロードできます。
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まとめ
混乱した災害現場において、迅速かつ適切に看護活動を行うためには、CSCATTTやトリアージなどの原則に準じ、さらに状況に応じた臨機応変な行動が必要です。
日本は災害の多い国であり、近年では特に自然災害が多発しているため、災害支援ナースの必要性はますます高まっています。しかしながら、半端な覚悟では足手まといになってしまいます。そうならないためにも、強い気持ちと確かな知識を持って、看護を提供していってください。
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