腹部大動脈瘤(AAA:abdominal aortic aneurysm)とは、加齢や動脈硬化によってもろくなった血管壁に血圧などの要因が加わって、腹部大動脈に瘤(こぶ)を作ることです。瘤が大きくなり破裂した場合、大出血を起こして死に至る危険があります。
1、腹部大動脈瘤(AAA)とは
本来血管は、弾力に富んでいるホースのようなもので、全身へ血液を循環させます。しかし、これが加齢や動脈硬化によって脆くなり、もともと構造的に弱い部分に圧力がかかると、少しずつ血管が風船のように膨れて瘤(こぶ)を作ってしまいます。これを腹部大動脈瘤(AAA:abdominal aortic aneurysm)といいます。
心臓から全身に血液を送り出す大動脈は、心臓から身体の中心部を通って腹部まで延び、そこからは両下肢に枝分かれしていきます。血流量が多く、高い圧のかかる場所が故に瘤ができやすく、ひとたび破裂すると大出血を起こし、生死にかかわる重篤な状態となります。
2、腹部大動脈瘤の原因
人間は年を経ると血管が硬くなり、動脈硬化を起こしてしまいます。80歳を超えてくると、脂質異常のない人でも胸部単純レントゲンに大動脈が写って見えるくらい、金属パイプのような動脈硬化を起こす人が出てきます。
加齢は避けられないものですが、腹部大動脈瘤の直接の要因は、生活習慣病に伴う動脈硬化と高血圧です。若い人でも脂質に富んだ食事を摂り、運動をしない生活を送っていれば、高齢者よりも高度な動脈硬化を起こします。そこに喫煙や塩分過多の食事による高血圧が加わると、これらが引き金となって破裂に至ります。60歳以上の高血圧患者の25人に1人(4.1%)が、腹部大動脈瘤を保有しているというデータもあるのです。
3、腹部大動脈瘤の治療
3-1、人工血管置換術
腹部大動脈瘤が破裂すると、死亡率は80~90%に及び、救急車で搬送しても病院までたどり着くことが難しいと言われています。そのため、腹部大動脈瘤は破裂してから治療にあたるのではなく、破裂を未然に防ぐ処置が必要です。
正常の腹部大動脈は20㎜程の太さがありますが、50㎜を超えると破裂のリスクが高くなります。一度できた動脈瘤を小さくする内服薬はありませんから、手術で瘤への血流を遮断する必要があります。動脈瘤は新しい血流が遮断されると、血栓化して次第に縮小していきます。以前は腹部大動脈瘤の治療は、全身麻酔下で開胸して人工血管に置き換える方法しかありませんでした。現在も人工血管置換術は行われていますが、ステントグラフトの開発によって、侵襲を格段に低くすることが可能になりました。
3-2、ステントグラフト内挿術
ステントグラフトというのは、人工血管に金属のバネを巻き付けたもので、これを鼠径動脈から挿入して疾患部位に置いてくることで、バネの力と血圧によって血管に固定されます。開腹手術による人工血管置換術よりも侵襲は小さく、手術時間も短くなります。どちらの治療を選択するかは、患者の意思と瘤の部位や形状・動脈の厚さなどの構造的な状態によって検討します。ステントグラフト内挿術については、腹部大動脈の解剖と合わせて詳細な情報を載せてある医療機関のサイトがありますので、下部の参考文献を参照してください。
3-3、ステントグラフト内挿術の術後合併症
ステントグラフト内挿術は、開腹手術による人工血管置換術に比べ、鼠径部に数センチの傷をつけるだけで済むので、非常に低侵襲と言えます。その分離床も早くから開始することができますし、長期臥床による肺合併症のリスクも低くなります。
しかし、手術中にステントグラフトが操作困難と判断した場合は、開腹手術に移行する可能性もあります。また、破裂寸前だった動脈瘤が自然に破裂したり、もともともろい動脈の壁がステントグラフトの挿入によって傷つき、瘤が破裂することもあります。
また、動脈瘤の内部にはほとんどの場合、既に血栓が作られています。これがカテーテル操作によって術中に流れ出てしまうことによって、各種動脈を閉塞する可能性があります。動脈閉塞の場所によって脳梗塞、腎不全、麻痺、下肢虚血を起こすことがあり、場合によっては腹部動脈瘤の手術をすることで生死に関わる合併症をきたすこともあります。
■ステントグラフト内挿術による合併症
①動脈瘤の術中破裂、死亡
②エンドリーク(漏れ)の残存 ➂ステントグラフトの閉塞や狭窄 ④ステントグラフトによる動脈壁の損傷、閉塞 ⑤ステントグラフトの移動や破壊 ⑥塞栓症 ⑦イレウス ⑧発熱、炎症 ⑨呼吸器関連合併症(全身麻酔科にて試行した場合) ➉造影剤による腎機能障害 |
ステントグラフト内挿術も万能ではなく、開胸による人工血管置換術よりも歴史は浅く、標準的治療とはなっていません。しかし、今後は症例が増えるとともに治療成績も安定し、適応が拡大されていくでしょう。
4、腹部大動脈瘤の看護問題
腹部大動脈瘤の看護は術前の安静から患者教育、術後の観察まで多岐にわたります。以下に主な看護問題を列挙してみましょう。
■腹部大動脈瘤の看護問題
①自覚症状がないため、破裂による生命の危険を認識できない場合がある
②動脈瘤発生部位・大きさによっては圧迫や閉塞による疼痛が出現する可能性がある ③動脈瘤破裂の危険性があり、安静が必要である ④動脈瘤破裂に対する恐怖心によって、心身の安静を保てない可能性がある ⑤手術操作による大動脈瘤壁内の血栓が移動し、末梢動脈・脳動脈に塞栓を起こす可能性がある ⑥動脈瘤破裂や手術に伴う生命の危険や予後に対し、家族が強い不安を抱く可能性がある |
5、腹部大動脈瘤とステントグラフト内挿術の術後看護計画
看護問題:手術操作による大動脈瘤壁内の血栓が移動し、末梢動脈・脳動脈に塞栓を起こす可能性がある
看護目標:動脈塞栓症の早期発見と対処により、循環動態を良好に保つことができる
看護計画:
O-P)
1.バイタルサイン
2.カテーテル挿入部の止血状態、感染徴候の有無
3.両下肢の拍動の有無と程度
4.両下肢の皮膚色、チアノーゼの有無
5.両下肢の冷感の有無・程度
6.四肢の動き、歩行状態
7.しびれや知覚鈍麻の有無・程度
8.意識障害の有無と程度
9.採血データ(PT-APTT、PT-INR、D-ダイマーetc.)
T-P)
1.両足背動脈の触知できる部分に×印をつけておく
2.両下肢の保温
3.安静度に応じてADL介助
E-P)
1.術後起こりうる動脈塞栓について説明する
2.禁煙指導
3.血圧指導(必要時栄養指導)
4.今後の定期フォローの予定
(通常は術後1か月後・6か月後、12か月後、その後は年1回CTにて評価する)
まとめ
腹部大動脈瘤の治療は、ステントグラフト内挿術によって以前より格段に侵襲が少なく、1週間程度の入院期間で済むようになりました。しかし、術前の動脈瘤破裂や術後合併症を起こす可能性はゼロではありません。術後塞栓を起こした場合は、早期に発見して可逆性のあるうちに治療を行う必要があり、看護師の観察力にかかっていると言っても過言ではありません。術後は特に患者観察を念入りに行うことが求められます。
参考サイト
大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術(京都大学医学部附属病院|循環器内科)
ステントグラフト内挿術(日本心臓血管外科学会|東京医科大学血管外科|島崎太郎・重松宏)
腹部大動脈瘤に対する「ステントグラフト内挿術」をはじめました(社会医療法人|愛仁会|高槻病院|心臓血管外科)
侵襲の少ない血管内治療(社会医療法人|愛仁会|高槻病院|心臓血管外科)