鼻水や唾液などの喀痰の排出を介助的に行う吸引。操作自体はそれほど難しいものではありませんが、いくつか気をつけなければならないことがあり、間違った方法で行うと患者の負担になるばかりか、時として症状の悪化や感染症などの二次的疾患を招いてしまいます。
当ページでは、口腔内・鼻腔内・気管カニューレ内の3つの吸入法について詳しくご説明しますので、吸引において不安があるという方は最後までお読みいただき、参考にして頂ければ幸いです。
1、吸引(喀痰)とは
私たちは、鼻をかんで鼻水を排泄したり、すすって唾液として吐いたり、唾液を飲み込むことで自力で鼻水・唾液の排泄を行います。
しかしながら、加齢に伴う反射機能の低下、嚥下障害があり胃の中に飲み込めない、咳ができない、気管支拡張症や肺化膿症など痰が多く出る疾患を有している、気管切開をしている場合など、自力ですべての鼻水・唾液を排泄できないとそれは局所に溜まっていき、呼吸困難や窒息、肺炎などの感染症の原因となってしまいます。
それら二次的症状・疾患を防ぐために、また安楽のために看護師が吸引装置を用いて、自力排泄が困難な患者の喀痰(唾液や鼻水など)を吸引してあげることが必要となるのです。
なお、吸引には鼻の穴から吸引カテーテルを入れる「鼻腔内吸引」、口腔内に吸引カテーテルを入れる「口腔内吸引」、そのほか気管切開している患者には気管カニューレ内に吸引カテーテルを入れる「気管カニューレ内吸引」があります。
2、吸引が必要となる病態・疾患
吸引が必要となるのは、主に「嚥下障害、嚥下反射が弱い」、「一次的に嚥下・呼吸機能に障害がある」、「二次的に嚥下・呼吸機能が低下している」場合です。また、これら以外でも患者が必要とする場合には適宜、行います。
■嚥下障害、嚥下反射が弱い
事故による脳外傷、脳血管障害や低酸素血症による重度の脳障害、遷延性の意識障害や高度の脳発達障害のある先天性疾患や脳性麻痺等の重症心身障害児など、反射的な嚥下や咳き込むのが困難な場合。
■一次的に嚥下・呼吸機能に障害がある
脳梗塞、脳出血、筋ジストロディー、進行期のパーキンソン病、筋委縮側索硬化症などの神経筋疾患を有する場合。
■二次的に嚥下・呼吸機能が低下している
寝たきりの高齢者、神経筋疾患以外の症例に伴う全身の運動機能の低下とともに嚥下・呼吸機能が二次的に低下している場合。
3、喀痰の性状
喀痰の性状は、主に吸い込んだホコリの量や細菌の種類などによって変化しますが、通常時はやや粘り気があり無色透明~白色で、臭味はありません。
一方、粘り気が強く黄色~緑色で、臭味が強い場合には細菌に感染している場合があり、口腔内・鼻腔内・気管などに傷がついている場合には、血の混じった赤い喀痰が出ます。血の混じった喀痰においては、少量であれば問題はありませんが、真っ赤なサラサラした褐炭であれば緊急を要する出血をしている可能性があるため、早急に医師に報告し対処しなければいけません。
なお、粘り気が強いとき、色味が黄色~緑色のとき、臭味が強いとき、喀痰が硬いときには、体内の水分が不足している可能性もあります。喀痰の性状が通常ではない場合には注意深く経過観察する必要があります。
吸引は単なる喀痰の排出と考えられがちですが、喀痰の性状によって患者の状態や疾患を判断できることが多々あるため、吸引時には性状をしっかり確認するようにしてください。
正常な喀痰 | 異常な喀痰 |
・ やや粘り気がある
・ 無色透明~やや白っぽい ・ 臭味なし |
・ 粘り気が強い(またはサラサラしている)
・ 黄色~やや緑色っぽい ・ 臭味が強い ・ 濁りが強い ・ いつもより喀痰の量が多い ・ 硬くまとまっている ・ 血液が混じっている |
4、吸引が必要となる時
通常は、ナースコールを通して患者から依頼を受けた時に行います。また、食後や飲水後は喀痰が溜まりやすいため、飲食において介助を必要とする場合には飲食後に吸引の意思を伝え、同意があれば吸引を行います。
さらに、状況によっても吸引を必要となる場合があります。たとえば、唾液が口の中に溜まっている、上気道でゴロゴロとして音がする、呼吸器アラームが鳴っている、酸素飽和度の値が低下している、明らかに呼吸がしにくそうな場合など、状況に応じて患者の同意のもと行います。
注意点として、時間を決めて定期的に吸引するのではなく、必要なときにのみ行うようにしてください。
吸引が必要となる時 | ・ ナースコール
・ 患者の表情により要望をキャッチする ・ 異物の音が聞こえる(ゴロゴロ、ヒューヒューなど) ・ 胸を触ると音が響く ・ 呼吸器アラーム(気道内圧の上昇) ・ 血中酸素飽和度の低下 |
5、吸引の手順
ナースコールや訪室時の患者の依頼によって吸引を行う際、まずは手洗いやカテーテルの清潔・無菌、ベッド周辺の掃除・片付けなど、感染予防に取り組んでください。ベッド周辺の掃除は軽視されがちですが、吸引に使用する各種物品が汚れてしまい感染症の原因となる恐れがありますので、掃除・片付けはしっかりしておいてください。
また、始めるにあたって「声かけ」も非常に大切です。心の準備または体の準備ができていないうちにカテーテルを挿入すると、苦痛により驚き、カテーテルが気道粘膜に接触したり、誤嚥を起こしたりと支障をきたします。患者の同意を確認するという意味でも、吸引開始時には必ず声かけを行ってください。
■口腔内・鼻腔内吸引の手順
①吸引における意思・同意を確認する
②手洗いの後、必要に応じて未滅菌手袋をはめる
③吸引カテーテルを吸引器に連結した接続管に繋げる
④吸引カテーテルを利き手に持ち、反対の手で吸引器の電源を入れる
⑤親指で吸引カテーテル先端、あるいは根元を塞ぐ
⑥吸引圧が20KPa以下であることを確認する
⑦声かけを行い、開始の旨を伝える
⑧指で吸引カテーテルを軽く折り曲げ、陰圧をかけずに口腔内に挿入する
⑨折り曲げていた指を離し、捻じるように回転させながら吸引する
⑩吸引終了の旨を伝える
⑪吸引カテーテルの外側をアルコール綿で拭き取る
⑫吸引カテーテルと接続管の内腔を水で洗い流す
⑬吸引器の電源を切って終了する
■気道カニューレ内吸引の手順
①吸引における意思・同意を確認する
②手洗いの後、使い捨ての手袋をはめる
③吸引カテーテルを吸引器に連結した接続管に繋げる
④吸引カテーテルを利き手に持ち、反対の手で吸引器の電源を入れる
⑤親指で吸引カテーテル先端、あるいは根元を塞ぐ
⑥吸引圧が20KPa~26KPa以下であることを確認する
⑦声かけを行い、開始の旨を伝える
⑧人工呼吸器使用者の場合、フレキシブルチューブのコネクタを気管カニューレから外す
⑨指で吸引カテーテルを軽く折り曲げ、陰圧をかけずに気管カニューレ内に挿入する
⑩折り曲げていた指を離し、ゆっくり引きながら15秒以内に吸引する
⑪人工呼吸器使用者の場合、フレキシブルチューブのコネクタを気道カニューレに接続する
⑫吸引終了の旨を伝える
⑬吸引カテーテルの外側をアルコール綿で拭き取る
⑭吸引カテーテルと接続管の内腔を水で洗い流す
⑮吸引器の電源を切って終了する
6、吸引時の注意点
口腔内や鼻腔内、気道内の粘膜は非常に柔らかいため、吸引チューブの不適切な操作により細かい血管が傷つき出血する場合があります。また、圧をかけることで吸引を行うため、必然と苦痛や不快感が伴います。ゆえに、吸引チューブの操作は適切に、そして細やかな配慮が必要不可欠です。
また、吸引による感染が懸念されます。一度感染を起こすと治すのが難しく、呼吸困難をさらに悪化させ、時として死に至ることもあります。カテーテル側の無菌操作に加え、看護師側の減菌・清潔管理もしっかり行わなければいけません。
■迅速かつ効率的な吸引を
口腔内・鼻腔内・気管カニューレ内、すべての吸引では、カテーテルによる刺激や吸引時の圧によって苦痛や不快感が伴います。患者が動くことでカテーテルが粘膜に接触することがあり、これにおいては防ぎようがありませんが、看護師側のミスで接触させるのは防がなければいけません。
さらに、吸引が長引くことで苦痛や不快感の時間も長くなり患者の負担になってしまいます。場合によっては低酸素血症や肺胞虚脱(主に気管カニューレ内吸引)を起こすこともあるため、迅速かつ効率的に可能な限り10~15秒以内で吸引を終わらすようにしてください。
■挿入深度に注意し適切な操作を
カテーテルの挿入深度を見誤り、必要以上に挿入してしまうと、口腔内であれば嘔気・出血、鼻腔内・気管カニューレ内であれば苦痛・出血などを伴います。口腔内での嘔気は消化管内の飲食物の逆流をもたらすこともあり軽視できません。
カテーテルを挿入する長さの目安は、口腔内が10~12cm、鼻腔内が15~20cm、気管カニューレ内が12~15cmですが、人それぞれ異なりますので、あくまで目安とし、各患者に合わせた深度に止めてください。
また、口腔・鼻腔・気管すべてにおいて湾曲させて挿入しなければ奥まで入りません。この際、カテーテルが各部の粘膜に接触すると出血することがあります。また、異なる場所に挿入するとさまざまな支障をきたします。必ず構造をしっかり把握した上で、粘膜に接触させないのはもちろん、不適切な場所に挿入しないよう注意してください。
■感染予防のために清潔・無菌操作を
人間の体は外からの多少の細菌では感染は起こりにくいものの、吸引介助を必要とする患者は健康な人と比べて免疫力が低下しています。それにより、通常よりも感染症の発症率は高いと言えます。
また、上気道(口腔・鼻腔・咽頭・ 喉頭)は常在菌や弱毒菌が住み着いていますが、それより下の下気道は原則として無菌状態です。ゆえに、特に気道カニューレ内吸引は無菌的に行わなければいけません。口腔・鼻腔吸引においては原則として無菌的に行う必要はありませんが、看護師の手やカテーテルは清潔にし、感染予防に努める必要があります。
なお、患者の中には上気道に各種抗生物質に抵抗性を持った薬剤耐性菌(メチリン耐性ブドウ球菌・多剤耐性緑膿菌など)が住み着いている場合があります。健康な人なら感染しないものの、免疫力の弱った患者は重篤な感染症を起こし治療も困難であるため、院内感染に細心の注意を払ってください。
まとめ
吸引が初めての方や苦手の方でも機会が多いことですぐに慣れ、短期間のうちに適切に行えるようになりますが、回数を重ねるほど減菌・無菌対策を怠り、カテーテル操作も雑になってしまうもの。
そうなると、看護師側のミスや配慮に欠けた操作により、患者の負担増、粘膜からの出血・炎症、低酸素血症・肺胞虚脱、感染症などを起こしてしまいます。
慣れれば手技自体は簡単ですが、慣れてきた頃の事故の発生率が高く、時として重篤な疾患に発展することもあるため、吸引時間やカニューレの挿入深度や減菌・滅菌操作などを常に意識し、また時には初心に戻って注意点などを確認しておいてください。