看護師など看護職の業務の一つである看護記録。患者の現状や経過を把握するために必要なものであることから、直接的なケア以上に重要度が高いと考える専門家も多いのが現状です。
それゆえ、すべての看護職員が看護記録について適切な知識・理解を持っておかなければいけません。ここでは、看護記録の種類ごとの構成や、事例を踏まえた書き方など詳しく解説していますので、看護記録に関して不安があるという方は、ぜひ最後までしっかりとお読みください。
1、看護記録とは
看護記録は、患者の病状や健康状態の現状・経過に加え、看護職員の看護実践の内容などを表したものであり、質の高いケアを患者に提供するために、また、患者の状態を素早く情報収集し把握するために必要不可欠であるため、ほぼ全ての医療機関で実施されています。
なお、看護記録は、患者の全情報を記述した診療録の中の“経過記録”に位置付けられ、経過記録には一般的に、POS(Problem-Oriented System)と呼ばれる問題志向型システムと、フォーカス・チャーチィングの2種類の書式があります。
下記にて、看護記録の中で非常に重要となる、POSとフォーカス・チャーチィング(FC)について詳しくご説明します。
2、POSとは
POS(Problem-Oriented System)とは、患者の持っている医療上の問題に焦点を合わせ、それを解決しようとする一連の作業システムや考え方のことを言います。
POSは患者の視点に立って患者の問題を解決するための全体的な記録(システム)であり、「基礎データ」、「問題リスト」、「初期計画」、「経過記録」、「要約記録」の5項目構成を精査し、それを実施するために、経過記録ではSOAP形式を用いて記述していきます。
2-1、基礎データ
基礎データには大きく分けて「病歴」、「診断所見」、「検査データ」、「統計別レビュー」の4つの要素が存在します。
病歴 | ①患者の生活像、②主訴、③既往歴、④現病歴、⑤家族歴、など患者のプロフィールや健康状態に関する情報を収集し記録する |
診断所見 | ①視診(顔つき・発育・栄養・皮膚の色・発疹など)、②聴診(心音・呼吸音・血管音・腹部のグル音など)、③触診(甲状腺・リンパ節・皮下浮腫・腹部臓器など)、④打診(心臓・胸部・肺・腹水膜部など)に関する情報を収集し記録する |
検査データ | 血液や尿の含有成分値など、入院時、外来時、または他院による診察前の全ての検査データを記録する |
統計別レビュー | 既往歴などの確認を行う際、患者のうっかり忘れによる情報収集の脱落を防ぐために行う、呼吸器系・循環器系・消化器系・皮膚系統・内分泌系統・泌尿器系・伝染病系統運動器系統・血液系統などのチェックデータを記録する |
2-2、問題リスト
問題リストには、大きく分けて「医学的領域の問題」、「生活環境の問題」、「嗜好・習慣の問題」、「社会的問題」、「心理的問題」、「経済的問題」、「不具・身体障害的問題」の7項目があり、上記の基礎データをもとにして問題を取り上げ、計画・実施・評価を行います。
医学的領域の問題 | 病名、症状、診察所見、検査所見、手術名など |
生活環境の問題 | 片麻痺の患者が1人で階段の昇降ができない、など |
嗜好・習慣の問題 | 肝臓病:アルコール過剰飲酒、気管支喘息:ヘビースモーカー、など |
社会的問題 | 失業、離婚など |
心理的問題 | 病気に対する不安など |
経済的問題 | 治療費が払えないなど |
不具・身体障害的問題 | 患者1人での着脱が難しい、など |
2-3、初期計画
問題リストを取り上げた後、「診断」、「治療」、「教育」に分けて計画を立てていきます。
診断計画 | 診断計画とは疾患の種類、程度、段階や、観察のポイントを記述し、医療情報を得るための計画をたてる |
治療計画 | 治療目的と内容を具体的に記述し、ケア・治療における計画をたてる |
教育計画 | 患者・家族に対して、疾患の種類、特徴、治療・ケア方法、効果、特定の薬剤、個人的な節制の仕方や、それらの効果の見直しなど、円滑に治療が行えるよう説明するための事項を取り上げ、それに際する計画をたてる |
2-4、経過記録
経過記録は、一般的にSOAP方式が用いられます。SOAPは、問題ごとに「S:主観的データ」、「O:客観的データ」、「A:アセスメント」、「P:プラン」の4項目に分けて記述していきます。
S:主観的データ
(Subjective Date) |
患者が直接提供する主観的情報、患者の訴え、自覚症状などを記述する |
O:客観的データ
(Objective Data) |
医師や看護師など医療関係者が、観察、測定値、検査結果などから得た情報(一般状態・診察所見・バイタルサイン・検査)などを記述する |
A:アセスメント
(Assessment) |
SとOの情報をもとに分析・統合、判断・評価し、病態や予後などに関する意見・印象などを記述する |
P:プラン・計画
(Plan) |
S、O、Aの情報をもとに、観察計画(OP)、ケア計画(CP)、教育計画(EP)など、問題解決のための計画を記述する |
なお、S・O・A・Pのほかに、「I:介入」、「E:評価」、「R:修正」の3項目が加わることがあります。
I:介入
(Intervention) |
実施・介入した具体的内容についての記録を記述する。 |
E:評価
(Evaluation) |
Iの結果の評価記録を記述する。 |
R:修正
(Revision) |
Eを考慮し、P(プラン)やIの修正記録を記述する。 |
2-5、要約記録
要約記録には、「中間要約」と「退院時要約」があり、患者の問題を解決するために行った実施内容やその成果などを分かりやすく箇条書きで記述します。
中間要約 | ①目標、②方策の実施内容、③成果の有無・内容、④達成の程度、⑤残存する問題、などを簡潔に記述する |
退院時要約 |
3、フォーカス・チャーティング(FC)
POSの経過記録にはSOAP形式が採用されていますが、SOAPの代替えとして、フォーカス・チャーティングがあります。
フォーカス・チャーティングとは、コラム形式の患者・利用者に焦点を当て、系統的に記述する経過記録であり、“問題”に焦点を当てるSOAPに対し、フォーカス・チャーティングは“出来事”に焦点を当てるところに違いがあります。
なお、フォーカス・チャーティングには「Focus(フォーカス)」、「Data(データ)」、「Action(アクション)」、「Response(レスポンス)」の4つの構成要素をもとに展開していきますが、「Focus(フォーカス)」の部分は独立して記載するため、一般的にはFを除いて、“DAR”と呼ばれています。
F:フォーカス
(Focus) |
患者が抱える問題、それに対するケア内容、目標などに焦点を当て情報を収集し、患者の関心、注意すべき行動、重要な出来事、懸念点などを記述する。(本文とは独立したフォーカス欄に記載) |
D:データ
(Data) |
Focus(フォーカス)を支持するとともに、検査・バイタルサインなどの主観的・客観的データを記録し、介入が必要な状況を詳細に記述する。 |
A:アクション
(Action) |
医療従事者が、Focus(フォーカス)に対して行った行為(処置・治療・指導など)と、今度の計画などを記述する。 |
R:レスポンス
(Response) |
Action(アクション)に対する患者の反応や結果を記述する。 |
4、SOAPとフォーカス・チャーティングの違い
SOAPとフォーカス・チャーティングは実は類似点が多く、お互いに関係し合っており、質の高い看護を行うために必要な「情報収集」、「アセスメント」、「計画」は、SOAP、フォーカス・チャーティングともに必須です。それゆえ、概略的な考え方としては、どちらも同じと捉えて構いません。
SOAP | フォーカス・チャーティング |
S:主観的データ(Subjective Date) | D:データ(Data) |
O:客観的データ(Objective Data) | |
A:アセスメント(Assessment) | F:フォーカス(Focus) |
P:プラン(Plan) | A:アクション(Action) |
I:介入(Intervention) | |
E:評価(Evaluation) | |
R:修正(Revision) | R:レスポンス(Response) |
しかしながら、双方には決定的な違いがあり、それは上で軽く触れましたが、SOAPは「問題」に焦点を当てるのに対し、フォーカス・チャーティングは「出来事(トピックス)」に焦点を当てます。
つまり、SOAPは“全体的な視点”から総合的にケア・治療を行うための記録形式であり、フォーカス・チャーティングは“1つ1つの事柄”に焦点を当ててケア・治療していく記録形式と考えれば分かりやすいのではないでしょうか。
フォーカス・チャーティングの誕生はSOAPよりも13年後のことであり、フォーカス・チャーティングは読み手にとって患者の現状を素早く把握できるという点で、昨今ではSOAPよりもフォーカス・チャーティング(DAR)を採用する病院が増えてきています。
4-1、SOAPとDARの記録例
以下の事例をもとに、SOAPとDAR(フォーカス・チャーティング)の各形式がどのように展開されるのか、双方の違いをみていきましょう。
■事例説明
山下和哉さん(仮名)、85歳、男性、
右後頭葉脳梗塞、左同名半盲、視野障害 入院時から視界がなくなり見えなくなったことに対して強い不安を訴えている。入院5日後、10時00分、「まったく見えない、いつ治るんだ」「見えないと不安でしょうがない、幸子(患者の妻)はいつ来てくれるんだ」と興奮気味に訴えていた。 |
■経過記録
5/21 10:00 訪室すると、「まったく見えない、いつ治るんだ」と興奮気味に訴えている。奥様がもうすぐ面会に来ることを伝えた。指や花は認識できるが、人の顔の輪郭がぼやけて認識が難しいようだ。視野の障害に対する不安感を強めている。車椅子の乗車許可がおりた。 |
■SOAP
5/21 日勤
#1右後頭葉脳梗塞による突然の視野障害(左同名半盲)や、入院に伴う環境変化による心理的動揺 |
|
S:主観的データ | 「まったく見えない、いつ治るんだ」 |
O:客観的データ | 訪室すると、興奮気味に訴えている。対光反射(+)、瞳孔不同(-)、指や花は認識できるが人の顔の輪郭はぼやけて識別が難しいようだ。 |
A:アセスメント | 意識レベル変化なし、視野の障害に対する心理的動揺がみられる。傾聴が必要。患者は妻を頼りにしているため、妻のサポートが必要。妻の心理面も考慮する。 |
P:プラン | 患者の訴えを傾聴する。妻の思いや考えも傾聴し、妻に患者の心理状態や病状を説明し、患者のサポートを依頼する。車椅子の乗車許可がおりたため、気分転換も兼ね、妻と一緒の散歩を計画する。 |
■DAR
5/21 10:00 突然の視野障害(左同名半盲)に対する心理的動揺 | |
D:データ | 「まったく見えない、いつ治るんだ」、訪室すると興奮気味に訴えている。対光反射(+)、瞳孔不同(-)。指や花は認識できるが人の顔の輪郭はぼやけて識別が難しいようだ。視野の障害に対して、動揺や不安感が強くみられる。妻は10:30に面会予定。 |
A:アクション | 患者の訴えを傾聴するとともに病状の説明を行う。妻が10:30に面会に来ることを伝える。妻に患者の心理状態や病状について説明し、患者のサポートを依頼する。妻の思いや考えも傾聴する。 |
R:レスポンス | 奥様はもうじき面会に来ることを伝えると、「うん、うん」と頷き、落ち着きを取り戻した。 |
4-2、SOAPとDARのメリット・デメリット
続いて、SOAPとDAR、それぞれのメリット・デメリットを列挙します。DARはSOAPの欠点を補うために考案された記録形式であるため、必然とDARの方がメリットが多く、デメリットが少なくなっています。
■SOAP
≪メリット≫
①内容の整理が容易で、問題点に焦点をあてた記録や情報収集が可能
②計画を実施の結果より評価し、科学的・系統的に記録する事が出来る
≪デメリット≫
①A:アセスメントが難しい
②S:主観的データとO:客観的データの区分に迷う
③記録からは実施内容が見えにくい傾向にある
④一時的で突発的な問題に対しては記録上、対処しづらい
⑤問題点に沿って、業務がルーチン化してしまう傾向がある
■DAR
≪メリット≫
①経過記録の書き方に統一性で理解が容易
②医療過程にそった経過を書くことができる
③一時的で突発的な問題や事実のケアとその効果・評価が書ける
④フォーカス欄の情報(経過・状態・結果)が明瞭
⑤ケア・処置・治療の有効性がわかる
⑥患者の経過や現状を素早く把握できるため、情報の伝達が容易になる
⑦記録時間が短くすむ。
⑧業務記録として診療の補助業務も書ける。
≪デメリット≫
①アセスメントが書かれていないため、問題分析、診断が不十分
②問題点の評価が不十分
③重症者や急性状況にある患者の場合で、刻々と変化する場合は、フォーカスが多く記録が多くなり困難
5、看護記録の保存期間
看護記録における保存義務は2年間です。看護記録以外にも、処方箋や手術記録、検査所見記録なども2年間保存することが義務づけられています。ただし、診療録(カルテ)に関しては医師法により5年間の保存が義務づけられています。
ただし、同一疾病が発症した際に情報収集を迅速かつ適切に行うため、また医療ミスの疑いに際する病院側の正当性の主張のために、2年以上の保存期間を設けている病院が多く存在します。
まとめ
看護記録は診療録の中でも最も重要な要素であり、患者に質の高いケアを提供するために必要不可欠なものです。SOAPとDAR両方採用している病院や、SOAPのみ採用、DARのみ採用と、すべては病院の体制や方針によって決定されるため、どちらの形式にも精通しておく必要があります。
看護記録が苦手!という方も多いでしょうが、実際、それほど難しいものではなく、書けば書くほど上手く書けるようになるため、どうしても分からない場合には、先輩に聞くなどして、書き方の基礎を学んでいきましょう。