ターミナルケアは1950年代にアメリカやイギリスで提唱された考えで、今日まで死を目前に迎える患者に対するQOL向上のための全人的なケアとして行われています。
人が死に向かってゆく過程を理解すること、全人的なアプローチのもと包括的にケアを提供すること、その人らしい人生を送れるようサポートすることが、死を目前に迎える患者に対するケアであり、質の高いケアを提供するためには、死やターミナルケアの概念を詳しく知っておかなければいけません。
ここでは、質の高いターミナルケアを提供するために必要な情報を詳しく記載していますので、どうすればQOLを向上させられるのか、どうすればその人らしい人生へのサポートができるのか、分からない方は最後までしっかりお読みください。
1、ターミナルケアとは
ターミナルケアとは「終末期」のことを言い、進行した末期のがん患者や、そのほか臓器の不全などにより、余命約6か月以内の患者に対するケアのことです。
回復不可能なことから疾患に対する直接的な治療や延命は行わず、症状や痛みを緩和させるとともに、安らかに死を迎えられるよう環境整備や心のケアなど、さまざまな看護ケアを行いQOLの向上を図るのがターミナルケアの目的です。
しかしながら、ひとえにQOLの向上と言っても、単なるルーティーンワークでは適切な看護とは言えません。それゆえ、死に対する深い知識と理解を持っておく必要があります。
2、死をどのように受け止めるか
ターミナルケアを受ける患者のほとんどは、予後不良として「余命宣告」を受けており、この段階において、死に対する不安や恐怖から精神不安定な状態に陥ります。
アメリカの精神科医であるエリザベス・キューブラー=ロスが1969年に、死に直面する人々の心理状態を表す5つのプロセス(著作:「死ぬ瞬間」より)を提唱し、これは現在でも参考になる死の受容プロセスとして活用されています。
ターミナルケアを適切に行うためには、患者の心理状態を理解しておく必要があるため、エリザベス・キューブラー=ロスが提唱した5つの心理プロセスを知っておいてください。
参考文献:『死ぬ瞬間』 エリザベス・キューブラー=ロス/著
上図のように、死を宣告された後の患者の心理状態は、第一段階に「否認」、第二段階に「怒り」、第三段階に「取り引き」、第四段階に「抑うつ」、第五段階に「受容」というように、宣告から死までに5つのプロセスを辿ります。
・第一段階:否認
「何かの間違いだ」、「自分が死ぬなんてありえない」など、自己防衛の心理が働き、現実を受け入れられず、死の運命の事実に対して拒否し否定します。
・第二段階:怒り
死の運命に対して認めざるを得ない事実であることが分かっているため、否認と是認が頭の中を駆け巡り、次第に「怒り」、「憤り」、「羨望」、「恨み」などの感情が現れます。「なぜ自分がこんな目に合うんだ」、「なぜ自分が死ななければいけないのか」など、あらゆることに対して怒りが向けられます。
・第三段階:取り引き
十分な「怒り」を体験した後、怒りを向けてもどうにもならないことに気づき、「長年会ってない娘に会うまでは死ねない」、「善い行いをするから助けて欲しい」など、自分の中の神と条件交渉や取り引きを行い、死への回避の可能性を探します。
・第四段階:抑うつ
条件を提示しても死を避けられないことが分かると、必ず死ぬという事実を認め、「抑うつ」へ移行します。死ぬことに対する不安・恐怖、残される家族への不安、経済的重圧など、さまざまなことが頭の中を駆け巡り、大きな喪失感に苛まれます。
・第五段階:受容
抑うつ状態を経た後、自分は死ぬしかないという事実を完全に認め、来たるべき自分の終焉を静かに見つめることのできる受容の段階に入ります。全てを受け入れることで、平穏な気持ちになることが多いものの、死の事実を受け止めきれず、「抑うつ」の状態が続くこともあります。
このように、死に直面すると「否定」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」の5つのプロセスを辿りますが、中でも負担が大きく精神的に不安定な状態になるのは第二段階~第四段階の「怒り」「取り引き」「抑うつ」です。それゆえ、この段階においては特に慎重な対応が必要になります。
3、ターミナルケアの看護・介護項目
ターミナルケアは患者のQOLを高めることが最重要課題であり、そのためには「身体的ケア」、「精神的ケア」、「社会的ケア」、「霊的ケア」の4つのケアを包括的に実施する必要があります。
身体的ケア | ①身体的苦痛の軽減、②身体症状へのケア、③清潔で美しい身体へのケア、④日常生活動作へのケア |
精神的ケア | ①精神的苦痛の軽減、②不安・恐れ・苛立ち・怒り・うつなど感情に対するケア、③平穏な日々へのケア |
社会的ケア | ①社会的苦痛の軽減、②家族の中の役割喪失の防止のケア、③家族などとの関係性へのケア |
霊的ケア | ①霊的苦痛の軽減、②自分の人生の意味づけや満足感へのケア、③死の受容に対する心のケア |
「身体的・精神的ケア」を行うことで“QOL”を向上させることができ、さらに「社会的・霊的ケア」を行うことで“その人らしい人生”を獲得することができます。
3-1、身体的ケア
身体的ケアは主に“苦痛”と“症状”を緩和させることが主となります。患者が抱える苦痛には「痛み」「悪心」「嘔吐」「食欲不振」「便秘」「呼吸困難」「不眠」などがあり、さらに寝たきりによる「褥瘡」や、免疫力の低下に伴う「感染」「出血」、そのほか「脱水・栄養不足」など、さまざまな症状の緩和を図ります。
また、常に清潔な状態に保つことや、食事・更衣・移動・排泄・整容・入浴など生活を営む上で不可欠となる日常的な動作を援助することも忘れてはなりません。
■身体的苦痛の軽減
痛み・悪心・不眠などによる苦痛には、薬物を用いて緩和を図っていきます。痛みに対しては、①飲み薬を基本とする、②時間ごとに服用し、痛みが出ないようにする、③最初は弱い薬から始め、効き方によって強い薬に移行する、④個人の特性に合わせて使い方を工夫する、⑤使用には最新の注意を払う、というWHOが提唱する5つの原則に従い実施します。
■身体症状へのケア
褥瘡・感染・出血などの症状においても、基本的には薬物を使用して痛みや不快に対する緩和を図ります。しかしながら、各症状が進行することで痛みが強くなるなど症状が増悪するため、増悪させない一時的治療を行うこともあります。特に褥瘡の発症率が極めて高いため、ターミナルケアを行う看護師・介護師は、褥瘡ケアについて習熟しておかなければいけません。
■清潔で美しい身体へのケア
身体を清潔に保つことで精神的な安楽を図れるほか、感染予防にもなります。ゆえに、十分かつ適切に身体全体を清拭してください。また、身だしなみを整えることも非常に大切です。体毛の処理や化粧など、希望があれば美容に関する援助も行います。
■日常生活動作へのケア
食事・更衣・移動・排泄・入浴など、日常に不可欠な動作への援助・介助も重要です。これらの動作が上手くいかないと、精神的な負担がのしかかり、QOLを低下させてしまうため、積極的に援助・介助を行ってください。
3-2、精神的ケア
ターミナル患者は、「不安」「苛立ち」「抑うつ」「諦め」「疑い」といった感情・心理が働きます。「2、死をどのように受け止めるか」で述べたように、死に至るまでに「否認」→「怒り」→「取り引き」→「抑うつ」→「受容」の5つのプロセスを辿ることも踏まえて、精神的苦痛の緩和や感情コントロール、さらには平穏な日々が送れるようコミュニケーションを図るなど、さまざまなケアを行っていきます。
■精神的苦痛の軽減
死に対する不安や恐怖、環境の変化に伴うストレスなど、ターミナル患者は多大な精神的苦痛を感じます。これを軽減するためには、まずリラックスできる環境を整備することが第一となります。自宅にあるものを身近に置く、好きな音楽をかけるなど、普段とあまり変わらないような落ち着いた環境を作ってあげましょう。
■感情に対するケア
ターミナル患者は、精神不安定な状態に陥り、さまざまな感情が出現します。中でも多いのが「苛立ち」であり、日常生活動作困難による苛立ち、死に対する不安や恐怖からくる苛立ち、処置や看護の不十分な展開による苛立ちなど、その要因はさまざまです。感情に対する適切なケアを行うためには、まずは要因を知り、背景をしっかり理解した上で傾聴してあげることが大切です。
■平穏な日々へのケア
多くのターミナル患者が生活に対して、また死に対して「孤独」を感じています。誰でも一人の時間が長くなれば考え込む時間が多くなり、気分が低下していき、これはターミナル患者においても同様です。理解的態度で積極的にコミュニケーションを図りましょう。ただし、患者の気持ちに焦点をあて、安易な励ましはしないよう心掛けてください。
3-3、社会的ケア
社会的ケアとは、「仕事上の問題」「経済上の問題」「家庭内の問題」「人間関係」「遺産相続」など、患者本人や周りの人たち(社会)において様々な問題を援助することです。特に40代~60代の患者は、家族においても社会においても中心的な役割を果たしているため、大きな社会的負担がのしかかります。
■社会的苦痛の軽減
金銭的負担が大きく家族を養うことができない、入院費を捻出できないといった場合に、入院から在宅に切り替えるのも苦痛軽減の1つです。実際、患者が抱える社会的問題は看護師・介護師が容易に踏み込めない問題であるものの、要望があれば可能な限り応えるよう尽力してください。
■家族の中の役割喪失の防止のケア
入院すること、死することに対して、支えられる身となったことで家族の中での役割の喪失を感じることがあります。これも介入することは非常に困難で、かなりのスキルを要しますが、まずは役割喪失における精神的負担について理解し、傾聴してあげる、または気軽に話ができる関係を構築していくことから始めましょう。
■家族などとの関係性へのケア
家族間の関係性が悪くなることもしばしばあり、この状況下に陥ると患者のQOL低下を招いてしまいます。これもやはり介入するのは困難ですが、看護師・介護師など職員が間に入ることによって改善されることが多々あります。しかしながら、深入りしすぎないよう注意し、面会時間を最大限確保すること、誤解を招かないよう入院や死することに対して家族にも詳しく説明し理解を得ることから始めてください。
3-4、霊的ケア
霊的ケアとは、いわゆる葛藤や自問といった精神の叫びによる苦痛を緩和するケアのことです。「私の人生の意味は何であったのだろう」、「なぜ私がこのような病気になるのだ」、「許し、許されるとはどういうことか」、「死んだ人はどこに行くのか」、「残りの人生に価値はあるのか」、「私は何か悪いことをしたのか」など、さまざまな叫びによる苦痛が出現することがあります。
これら霊的苦痛の軽減には、まず真剣な態度で傾聴することが第一です。「早く死にたい」といった叫びに対して、「でも…」「しかし…」など否定的に話始めるのではなく、なぜそのように感じるのか、聞くことが大切です。
多くの場合、「早く死んでしまいたいほど苦しんでいる自分」を理解してもらいたいという気持ちが強いため、寄り添いながら真剣な態度で傾聴してあげましょう。
4、ケアプランの作成
ターミナルケアのプランを作成する際、患者の状態に応じた臨機応変さが重要となってきます。いかに患者の心身の状態を的確に観察するかがポイントとなってくるため、入念に観察しQOLを最大限に向上できるよう努めてください。
■プラン作成におけるポイント
ステージⅠ
(宣告時~) |
①ターミナル期を迎える場所に対する意向確認
②生きる意欲に対するアプローチ・役割作り・ふれあいの場作り ③身体的苦痛・心理的不安の除去 ④患者家族との綿密な連携(家族の不安・緊張感を軽減) ⑤状況に応じた基本的な生活の確保と細やかな援助 ⑥各医療機関との綿密な連携 ⑦他の利用者へのアプローチ |
ステージⅡ
(危篤時~) |
①寄り添うコミュニケーション
②残された時間を良質なものにするための生活援助 ③身体的苦痛・心理的不安の除去 ④死の迎い入れに対する敬虔な気持ち・態度などの心構え ⑤安らかな死の誘いの為の環境づくり ⑥家族の看取りの環境づくり ⑦臨終過程の状態把握 |
ステージⅢ
(死後) |
①死直後の儀式への介入
②家族へのアプローチ ③湯かん(遺体を清める) ④葬儀に関する手続きの助言・支援 ⑤故人との別れ |
■苦痛へのケア
病的苦痛 | 病的苦痛に対しては、主にモルヒネなどの鎮痛薬を使用して対処します。しかしながら、効果の限界や副作用があるため、これらを十分に理解した上で使用し、投与後は適宜、細やかな観察が必要不可欠です。 |
身体的苦痛 | 寝たきり・安静保持におけるケアは以下の通りです。
・手をさする、指圧、マッサージを行う ・頻回な体位交換、クッションなどを利用した安楽な体位の援助 ・呼吸困難に上半身を上げるなど適切な体位を確保する ・手足の冷感に対しては保温に留意する |
精神的苦痛 | 不安や恐怖などに対するケアは以下の通りです。
・患者の言葉を親身になって真剣に傾聴する ・頻回に訪室し、寄り添う看護を実施する ・優しい言葉遣い・まなざしで対応する ・手を振るなどスキンシップによる非言語的コミュニケーション |
■日常生活へのケア
食事管理 | ・食欲不振・嚥下困難に対しては無理に介助せず回数に分けてすこしずつ介助を行う
・ゼリーやプリンなど口当たりの良いものや好物を積極的にメニューに加える ・食物は細かく刻むなど嚥下しやすい形にする ・少しでも栄養価の高いものを選択する(患者の好みに合うもの) ・上体を上げ、嚥下状態を確認しながら時間をかけて介助する ・水分摂取時にむせる場合はゼリーなどを利用し、頻回に介助する |
排泄管理 | ・患者の意志を尊重し、トイレへの誘導・自律排泄を促す
・オムツ交換は可能な限り2人で介助し、清拭・洗浄を手早く行う ・排泄物を観察する(尿量・混濁等チェック、性状等) ・汚物はすぐに片付け悪臭の除去に努める |
清潔・安楽管理 | ≪身体≫
・更衣は負担のかからないよう2人で手早く介助する ・発汗がみられる場合は都度清拭・更衣を行う (ただし、頻回による更衣が負担になる場合は臨機応変に対応すること) ・自歯がある場合は歯ブラシを使用し口腔内の清潔保持に努める ・自歯がない場合はガーゼなどで拭き取る ・唇の乾燥が強い場合は食後にリップクリームを使用する ・負担がかからなければ洗面所にて顔の洗浄・洗髪の介助を行う ・眼脂は都度ガーゼなどで拭き取り、状況に応じて点眼処置を行う ≪環境≫ ・患者が落ち着いてゆっくり過ごせるよう原則、個室を確保する ・寝具は常時シワやゴミの除去に努める ・室温は日中18~25度、夜間は13~17度に保つ ・湿度は常時60%程度を保つ ・朝・排泄後・清掃中は積極的に換気を行う ・適度な明るさを保ち、朝・夜の区別がつくよう明度を調節する ・騒音(話し声・物音など)の予防に努める ・心地よく過ごせるようベッド周辺の整理整頓を行う ・家族やペットの写真など安心感が持てる物を身近に配置する |
これらの各ポイントをもとに、患者の状態に応じてプランを作成していきます。プランは原則として「長期目標」と「短期目標」を立て、QOLを最大限に向上できるよう、改善すべきことを看護問題として捉え、「ケアの実施→見直し→修正→ケアの実施」という手順を繰り返していきます。
5、その人らしい人生のために
ターミナル期のケアにおいて、苦痛に対する緩和ケアも当然重要ですが、その人らしい人生を送れるようサポートすることが最も重要であるということを忘れないでください。死を間近にして何を想い何を考えるのかは患者によってさまざまです。
医療関係者としての立場上、痛みを避けるために、家族の意向を考慮し死期を少しでも延ばすために、はたまた他の患者に迷惑をかけないように、患者の行動を制限することが多々ありますが、果たしてそれが真に患者の“ため”になることなのでしょうか。
ターミナル患者にとって最良となる看護、それは可能な限り願望を叶えてあげることです。そうするためには医療チームとしての体制整備、患者・家族間の意志の一致が不可欠であり、看護職員は各方面との連携を図るとともに、患者・家族の想いや考えをしっかりと把握しておかなければいけません。
その人らしく生きられるよう、患者の価値観を最大限に尊重し、尊厳に配慮し、寄り添う看護を提供していってください。
まとめ
死を目前に迎える人の心理は非常に複雑で、こればかりは経験しないことには完全に理解することはできません。それが、ターミナルケアが難しいと言われる所以です。しかしながら、完全に理解できなくても、患者一人一人が何を想い何を考えているか、何がしたいか、ということはコミュニケーションを図ることで自ずと見えてきます。
また、ターミナル期におけるQOLは「痛みや苦しみのない生」という認識を持っている方が多いのが現状ですが、苦痛を軽減したからといって患者の余生を充実なものにできるとは限りません。
確かに、さまざまな苦痛を軽減することで実質的にQOLを向上させることはできますが、ターミナルケアの本質は、「その人らしい生」のために尽くすということなのではないでしょうか。
まずは、患者のことを詳しく知ることから始め、患者にとって安心のできる人物になれるよう真剣な態度で親身になって対話し、可能な限り要望に応え、1日1日が充実したものになるよう全人的にサポートしてあげてください。