鼠径ヘルニアは、一般に「脱腸」と言われる病気で、筋肉の薄い鼠径部から腹腔内容物(多くは腸)が飛び出してしまうことです。出入りが自由な間は問題ありませんが、飛び出したまま戻らなくなり嵌頓を起こすと、緊急手術となります。今回は、一般的な腰椎麻酔科でのヘルニア根治術を受ける患者への看護を考えます。
1、鼠経ヘルニアとは
1-1、ヘルニアとは
ヘルニアとは、先天的・後天的な理由によって、臓器や組織が体壁や体内にある隙間を通って、本来の位置から脱出した状態をいいます。ヘルニアは生体の様々なところで発生するもので、整形外科領域の椎間板ヘルニアもヘルニアの一種です。また、ヘルニアは体表から見えるか見えないかで分類することができます。体表から見えるヘルニアを「外ヘルニア」、体表から見えないヘルニアを「内ヘルニア」と言います。内ヘルニアで多いのは食道裂孔ヘルニアですが、それ以外はまれと言われています。外科で手術対象となるヘルニアは、下の6つです。
<外ヘルニア>
・正中腹壁(白線)ヘルニア ・腹壁瘢痕ヘルニア ・臍ヘルニア ・鼠径ヘルニア ・閉鎖孔ヘルニア ・大腿ヘルニア |
1-2、鼠径ヘルニアとは
上に挙げた6つのヘルニアのうち、もっとも頻度が高いのは鼠径ヘルニアです。鼠径部は解剖学的に複雑な構造となっており、腹圧がかかったときに抵抗力が弱い場所なので、他の部位より症例が多くなります。鼠径ヘルニアは、更に外鼠径ヘルニアと内鼠径ヘルニアに分けられます。多くは内鼠径輪から鼠径管を通って外鼠径輪に脱出する外鼠径ヘルニアですが、実際は手術をしなければ鑑別できないこともあります。
■外鼠径ヘルニア
幼児と成人のほとんどがこのタイプ(先天的な要因が大きい)。内鼠径輪から外へ向かって飛び出し、鼠径部のやや外側が膨れてくる。嵌頓(かんとん)を起こす可能性が高い。
■内鼠径ヘルニア
中年以降の男性に多いタイプ(筋萎縮や肥満による要因が大きい)。内鼠径輪より内側の鼠径三角から飛び出し、鼠径部のやや外側が膨れてくる。嵌頓を起こすことは稀(まれ)である。
2、鼠経ヘルニアの主な原因
鼠径ヘルニアは加齢とともに増加します。ヘルニアとして発症していない人の中にも、構造的に弱い部分を抱えている人は大勢います。しかし、それだけでは鼠径ヘルニアにはなりません。腹腔内臓器を支えている筋力が加齢とともに低下し、鼠径部の弱い部分から腹腔内容物(主に腸)が脱出するようになってはじめて鼠径ヘルニアとなります。
3、鼠経ヘルニアの症状
3-1、鼠径ヘルニアの症状
鼠径ヘルニアは、立位になったときやくしゃみ・咳など、腹圧のかかったときにポコッと腹腔内容物が出てきて気づくようになります。自然と内容物が戻るときもあれば、上から押さえると戻る(還納)場合がありますが、これは脱出してしまう場所に空いた穴の“径”によります。この穴をヘルニア門といい、門が広いと出入りは自由ですが、狭いと抑えなくては戻らない場合があります。
3-2、ヘルニア嵌頓時の症状
怖いのは、下の症状が出てきたときで、ヘルニア嵌頓を起こしている可能性があります。通常の鼠径ヘルニアは、圧迫によって還納されることがほとんどです。しかし、ヘルニア門に対しヘルニア内容物が大きくて、首を絞められたようになってしまうことがあり、これを「ヘルニア嵌頓」といいます。この状態になってしまうと、腸管への血流が遮断され、腸管壊死を起こしてしまいます。壊死した腸管が破れて腸内容物が腹腔内に流出し、腹膜炎を起こす可能性があり、命に関わります。そのため、ヘルニアが嵌頓した場合は緊急手術となります。
<ヘルニア嵌頓の症状>
・腹痛 ・悪心、嘔吐 ・発赤 ・発熱 ・腹満 ・排便、排ガス不良 |
4、鼠経ヘルニアの手術について
ヘルニアは、内服で治癒できる病気ではありません。ヘルニアバンドというものを聞いたことがあるかもしれませんが、バンドによる圧迫が問題となるため、現在では推奨されていません。鼠径ヘルニアの治療は、手術による根治術しかありません。腹腔内容物が出たり入ったり自由にしているときには手術に踏み切るのをためらう患者もいますが、嵌頓してからでは大事になります。
鼠径ヘルニアは外科の中では比較的短時間で済む小さな手術ですが、嵌頓してからの緊急手術ではショック状態に陥ることもあり、命に関わる大手術となってしまいます。それを避けるためにも、鼠径ヘルニアと診断された場合には、早期の手術が勧められます。
4-1、鼠経ヘルニアの具体的な手術内容
鼠径ヘルニアの治療はヘルニア門を閉鎖することです。メッシュを使用した腰椎麻酔下での手術が基本となっていますが、近年は全身麻酔下で腹腔鏡による手術を行う医療機関も増えています。手術の術式や種類については、済生会新潟第二病院(外科)そけいヘルニアと言われたら 手術についてを参考にしていただくとよいでしょう。
5、鼠経ヘルニアの看護的観点からみた観察項目
鼠径ヘルニアは、嵌頓を起こさずに手術を受けることが大事です。また、術後は疼痛管理と術後の感染・合併症を起こさないことが必要になります。入院期間の短縮により、鼠径ヘルニア手術の場合は3~5日と短くなっており、その短期間の中で術前オリエンテーションから退院指導までしなくてはなりません。もし患者の状態に変化があるようなら、早期に発見して対処する必要があります。クリニカルパスが導入されていることの多い鼠径ヘルニアは、パスから外れるようなバリアンスの有無にいち早く気づけるよう、観察力が看護に求められます。
5-1、術前の観察
観察項目として以下が挙げられます。
①鼠径部の膨隆の有無・程度(どの程度の動作や腹圧で膨隆するか、還納されるか)
②鼠径部の不快感 ③鼠径部の牽引痛・鈍痛 ④鼠径部の違和感 ⑤鼠径部の皮膚色(発赤の有無) ⑥日常生活の中で、努責をかけていないか(排便時など)、 ⑦嘔気・嘔吐 ⑧腹満 ⑨食思、食事摂取量 ⑩手術に対する理解度、不安の表出 |
6、鼠経ヘルニア 看護計画
6-1、看護問題(術後)
①手術による疼痛
②麻酔の副作用・体動制限による排尿障害 ③セルフケア不足による離床の遅れ ④麻酔の副作用による頭痛・嘔気 ⑤術後感染を起こす恐れがある ⑥術後再出血の恐れがある |
この中から⑤の「術後感染の恐れ」に、疼痛管理と早期離床を加えた看護計画を立てていきます。
6-2、看護計画
■看護問題:術後感染を起こす恐れがある
■看護目標:感染徴候がなく、早期離床と自宅退院ができる
■看護計画
O-P
①バイタルサイン(熱発の有無)
②創部出血の有無
③皮下出血の有無
④創部痛の程度
⑤創部・周囲の掻痒感
⑥排便状態(回数、性状、努責を必要とするか)
⑦排尿状態(膀胱留置カテーテル抜去後を含む)
⑧頭痛・嘔気の有無
⑨離床の程度
⑩食事の摂取量
T-P
①ガーゼ交換(創部の状態を観察)
②創部を防水テープで保護し、創部汚染を防止する
③皮膚の状態(掻痒感や発赤)に応じて、テープ(皮膚保護剤)を変更する
④安静度に合わせ、排泄や保清の介助をする
⑤歩行状態により、見守り・付き添いをする
E-P
①早期離床の目的を説明する
血流を促し縫合不全を防ぐ
消化管の動きを活発にし、イレウスを防ぐ 筋力低下を防ぐ 術後肺合併症を防ぐ せん妄を予防する |
②再出血や再発予防のため、腹圧をかけないように過ごすよう説明する
③感染徴候(熱・発赤・疼痛など)があった場合は早期に訴え、退院後は病院へ連絡するよう説明する
④外来受診時の案内をする
まとめ
鼠径ヘルニアは、嵌頓や再発に対する知識不足や、ヘルニアバンドなどの間違った知識を持っている患者が少なくありません。安全に手術を受け、術後も感染や合併症を起こすことなく離床して退院できるように支えることが看護師の役割です。そのためにも、目的をもった観察と、患者に合わせた指導を行うことが求められます。
参考文献
鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015 日本ヘルニア学会(2015)
ヘルニア(脱腸)の種類と根治術について 一般財団法人 日本バプテスト連盟医療団 日本バプテスト病院
そけいヘルニアと言われたら 手術について 済生会新潟第二病院