看護の質を高めるために実施される看護目標の設定。看護目標には大きく分けて、「病院・看護部の全体を通した目標」、「病棟患者への看護目標」、「各患者への看護目標」、「看護師個人の目標」の4つがあります。
ここでは「各患者への看護目標」と「看護師個人の目標」の概要にくわえ、目標設定における考え方をご説明します。
1、患者に対する看護目標
看護目標とはその名の通り、看護をする上での目標のことを言います。看護過程においてはアセスメントと看護診断を経て、「看護計画」の段階にあたります。
■看護過程の5つの段階
①アセスメント | 患者の健康に関する情報を収集し、解釈・分析・評価をする |
②看護診断 | アセスメントの結論として、看護行為によって解決可能な問題を決定する |
③看護計画 | 判別された看護診断の優先度を決定し、その目標を設定し、目標を達成するために適切な看護活動を考え計画を作成する |
④看護介入 | 計画した看護活動を実行する |
⑤看護評価 | 実施した看護活動の効果を目標に照らして、問題の解決がなされたか、目標が達成されたかどうかを判定する |
患者の症状をよく観察し、現状抱えている(または抱えるであろう)問題を解決するために最適となるケアを決定し、それを看護目標として設定するわけですが、多くの場合、退院(完治)に向けた“最終的な目標(長期目標)”だけでなく、その過程で起こりうる問題を解決するための“段階的な目標(短期目標)”も必要になってきます。
期間 | 概要 | |
長期目標 | 1か月~ | 看護問題が解決される最終的な目標 |
短期目標 | 数日~1か月程度 | 長期目標が達成させるまでに起こる問題に対するケア目標 |
1-1、短期目標・長期目標
上記のように看護目標には「短期目標」と「長期目標」が存在します。長期目標とは“最終的な目標”のことを指し、短期目標とは“最終的な目標を達成するまでの過程で起こる問題への目標”のことを言います。
つまり、「短期目標①」、「短期目標②」、「短期目標③」をクリアして、「長期目標」が達成されるというイメージです。
例えば、糖尿病の患者の場合、
長期目標 | ・ 患者自身で血糖コントロールができるようになる |
短期目標 | ・ 自身の生活上の問題点を理解する
・ カロリーと栄養バランスを意識した食生活を送ることができる ・ インスリン自己注射の手技を身につける ・ インスリンの副作用について理解する |
このように、1つの長期目標に対してさまざまな短期目標を立てることができ、1つ1つクリアしていくことで、最終的な目標(長期目標)が達成されるというわけです。ただし、患者によって看護問題は異なるため、しっかりアセスメントした上で目標を設定しなければいけません。
1-2、目標設定への準備(アセスメント)
目標設定を行う際に、最も重要となるのがアセスメントです。疾患の症状や薬物による副作用・合併症における看護問題は、疾患や薬物ごとに同一になることが多いものの、患者の心理状態や生活習慣など、患者ごとに異なる看護問題が多々出てきます。
これらの問題を導き出すためにアセスメントを行うのであり、不十分なアセスメントでは“個別性がない”看護目標になってしまいます。また、根拠の乏しい看護目標になってしまう可能性もあります。ゆえに、看護目標を立てる際には十分なアセスメントが必要不可欠なのです。
看護目標が立てられない!という場合には、見直すか、再度アセスメントを行い、症状や薬物による副作用など全般的なものだけでなく、患者にまつわる様々な情報を取得してください。
2、看護師個人の目標
個人目標とは、その名の通り、看護における個人個人の目標のことです。看護部ならびに病棟では1年に1度、全体を通した看護目標を立てますが、この際に看護師1人1人が個人の目標を立て、3か月または6か月ごとに目標を達成できたか、できなかった場合には何が原因だったのかなど、自己評価が行われます。
自分の能力向上に必要なこと(実践能力・対人関係能力・問題解決能力、、、)、すべての患者に対して適切なケアを行うために必要なことなど、目標とするものはさまざまありますが、何を目標にしたらいいのか分からないという方は多いのではないでしょうか。
個人目標というのは個人個人異なるものであり、実質的には正解も不正解もありません。ただし、達成困難な目標はNGです。評価されたいから“良い目標”を立てようと必死になるあまり、途方もない目標を立てる人がいますが、これは完全にナンセンスですので、自分のために、患者のために、何をしたいかを今一度じっくり考えてみてください。
2-1、例えばどんな個人目標があるのか
個人目標は人それぞれ異なるため、どのような目標でも構いません。しかしながら、どのような目標があるのか気になる方は多いと思います。そこで参考となるのが各病院で設定している「クリニカルラダー」です。
これはそもそも、質の高い看護を提供できる看護師を養成するための教育プログラムの設定目標ですが、個人目標として置き換えることができます。各病院によって異なりますが、
一般的には、レベルⅠ(1年目の新人看護師)、レベルⅡ(2~3年目の看護師)、レベルⅢ(4年~5年目の中堅看護師)、レベルⅣ(6年目~中堅・熟練看護師)、の4段階に分けて目標設定されています。
■レベルⅠ(1年目)
到達目標 | ・ 指導を受けながら基本的看護技術をマニュアルに沿って実践できる
・ 指導を受けることにより自己の学習課題を見つけることができる |
看護実践 | ・ 患者を理解し患者・家族と良好な人間関係を築くことができる
・ 看護過程の展開を習得する |
管理 | ・ 各病棟および他部署の役割、業務内容を理解できる
・ 医療安全、感染についての自己の役割を理解し、指導を受け行動できる |
倫理 | ・ 日本看護協会の「看護者の倫理網領」にある患者の権利の内容が理解できる |
社会性 | ・ 患者・同僚・上司の考えや意見をよく聞き、尊重できる
・ 部署の人と人間関係を築くためのコミュニケーションができる |
教育 | ・ 自己の看護観を表現できる
・ 主体的な自己学習の必要性が理解できる |
研究 | ・ 看護研究に関心をもつことができる |
■レベルⅡ(2年目~3年目)
到達目標 | ・ 自立して看護実践を安全、確実に提供できる
・ チームメンバーとしての役割を果たし、業務が実践できる |
看護実践 | ・ カンファレンスでの患者情報を共有し、看護実践に活用できる
・ 意思決定し、問題解決できる |
管理 | ・ チームナースとしての役割を理解し、患者受け持ちができる
・ リーダーシップについての理解を深めることができる |
倫理 | ・ 日常ケアで自分自身の倫理的問題に気づき、改善できる |
社会性 | ・ 自分自身の感情、思考、行動の傾向を知ることができる
・ チーム内で良好な人間関係を築くことができる |
教育 | ・ 自己の看護観から看護に対する課題を見つけることができる |
研究 | ・ 看護研究メンバーの一員として参加できる
・ ケーススタディに取り組み発表できる |
■レベルⅢ(4年目~5年目)
到達目標 | ・ 各受け持ちナース、チームリーダーとしての役割を理解し、実践できる
・ 各単位における看護実践の役割モデルとなれる |
看護実践 | ・ 個別性を考慮した看護ケアの実践ができる
・ 自分の行った看護を評価し、意識的にフィードバックできる |
管理 | ・ 患者管理、環境物品管理を行うことができる
・ 看護業務活動における経済的側面を意識し、行動できる |
倫理 | ・ 自律して患者を擁護し、代弁者として行動を起こすことができる |
社会性 | ・ 患者、同僚、上司の立場を尊重し、相互に気持ちよい人間関係を築くことができる
・ 他の医療チームとの信頼関係を保ち、調節ができる |
教育 | ・ 能力開発、キャリア開発を主体的に実践できる
・ 学習の成果を後輩育成に活かし、教育的活動を実践できる |
研究 | ・ 自己の研究テーマを明らかにし、臨床に直結した看護研究を進めることができる
・ 看護研究メンバーの中心として参画できる |
■レベルⅣ(6年目~)
到達目標 | ・ 看護部内の問題を理解し、組織の目標達成のために行動できる
・ 看護実践者としての役割モデルになり、指導・研究的能力を有し、看護部内でリーダーシップがとれる |
看護実践 | ・ 独自の意思決定基準を持ち、予測困難な場面にも臨機応変に対応できる
・ 専門領域における教育的役割がとれる |
管理 | ・ 各病棟および他部署の連携および調整を円滑に推進する
・ 医療安全、感染について防止策を考え、指導および実践ができる |
倫理 | ・ 倫理的視点で日常ケアを後輩に指導できる |
社会性 | ・ 職場風土の向上に向けて働きかけができ積極的に実践できる
・ リーダーシップを発揮し、関係調整に努めることができる |
教育 | ・ 専門領域において、能力開発を積極的かつ継続的に行い、その結果を有効的に活用できる
・ 人材育成の視点で院内の教育活動を実践できる |
研究 | ・ 看護研究を推進し、メンバーの調節を行うことができる
・ 看護研究を臨床で応用できる |
なお、上記で記載した各目標は一例であり、病院や看護部によって異なります。現在、看護師として就業されている方は、ご自身の就業病院のクリニカルラダーを調べてみましょう。
3、SMARTを用いた目標設定
看護目標を設定する際に役に立つ原則があります。この原則は「SMARTの原則」と呼ばれ、看護部の看護目標、看護師個人の目標、患者への看護目標と、すべてを対象としています。
SMARTの原則は、「Specific(具体的であること)」、「Measurable(測定可能であること)」、「Achievable(達成可能であること)」、「Relevant(関連性があり妥当であること)」、「Time(期日が明確であること)」の5つから構成されています。
これは、看護における目標だけでなく、すべての職種において参考となる原則です。ただし、5つの原則をすべて当てはめなければいけないというわけではありませんので、目標設定の1つの参考として覚えておいてください。
Specific
具体的であること |
目標は具体的な表現で示す必要があります。具体的であれば、実現するための方法や計画を考えやすくなります。 |
Measurable
測定可能であること |
測定が可能でなければ、達成度の評価が難しくなるため、できる限り数値を用いて目標を設定します。数値化が難しい場合には、「達成された状態」を具体的な言葉で表現します。 |
Achievable
達成可能であること |
夢物語のような達成が困難な目標、またはすぐに達成できてしまう目標ではなく、達成可能な適切な難易度のものでなければなりません。 |
Relevant
関連性があり妥当であること |
自分のため、患者のために何をするかが明確であり、それらが看護の趣旨に沿っていなければいけません。 |
Time
期日が明確であること |
目標は達成すべき期限やスケジュールが明確でなければなりません。期限が明確であれば達成のため計画設定、進捗管理、達成度の評価が行いやすくなります。 |
4、看護目標はなぜ必要なのか
ここまで看護目標の概要や考え方について述べてきましたが、 “面倒くさい”、“煩わしい”と感じる人は多いのではないでしょうか。確かに、生活をするために看護職として働いているという人も多いのが実情ですが、看護職に携わっている以上、患者に適切な看護を提供しなければいけません。
患者の命を直接的に守るのは医師ですが、患者の安心・安全・安楽な生活を支援できるのは看護師であり医師ではありません。特に個人目標に関して“面倒くさい”、“煩わしい”と感じる人が多いのですが、目標を設定することでモチベーションが高まり、自ずと各看護師の看護の質が向上していきます。
各看護師の看護の質が向上すれば、病院または看護部としての組織の看護の質が向上し、最終的には患者に対する適切なケアに繋がるのです。個人目標は年に1回、場合によって2回・3回設定する必要がありますが、患者の安心・安全・安楽な生活のために必要不可欠な過程ですので、必ず、自分の成長のため、患者のために“何をしたいか”、“何ができるか”をしっかり考えた上で、目標を設定してください。
まとめ
看護目標というのは、看護の質を高めるために必要不可欠であり、患者への看護目標、自分に対する目標ともにしっかりとその時々の“終着点”を設定しておかなければ、患者の安心・安全・安楽な生活をサポートすることができません。
患者に対して長期・短期目標をどのように設定すればいいのか分からないという場合には、アセスメントした内容を再確認し、不十分だと感じれば再度しっかりとアセスメントを行ってください。
個人目標をどのように立てればよいか分からないという場合には、自分の成長のために、また患者のために“何をしたいか”、“何ができるか“を今一度、しっかりと考えてみてください。